クリスマスがやって来た。
畑や花壇に霜が降りるように静かに、好きな花だけ集めた花束よりも華やかに。
通りの花屋から、紺色のコートを着た男の人が花束を抱えて出て行った。あの花たちは生きているのか死んでいるのか、そんな事がふと気になった。

友達とひとしきりクリスマスを楽しんだ後、私の足は公園へと向かっていた。公園の時計台から一番近くのベンチに腰を降ろす。いつもサツキくんの演奏を聴いていたように。

彼が来るとは思わない。だけど、クリスマスだからこそ私はここに来たかった。身勝手な私は、勝手にサツキくんを思い出に加えようとしている。本当は足が赴いたんじゃない。心がこの場所に向かっていた。
ふと、公園に向かって歩いてくる人影を見付ける。黒いジャケットに、聖夜でも存在を放つミルクティーの髪。見間違える、筈がない。


「サツキくん」


立ち上がって、彼の名前を呼んだ。俯いていた彼が足を止めると同時に顔を上げて、違和感が影を落とす。


「…なんで今日に限って」


呟いた言葉はとても小さくて、本当は私が聞いて良い言葉じゃ無かったんだと思う。彼の顔は、演奏している時とも、会話をしている時とも違った。悲しいのか、辛いのか、どちらもか。
だけどそれは一瞬の話で、すぐに彼は人を馬鹿にしたような、呆れたような顔をして、再びこちらに向かって来た。


「メリークリスマスって言うべきか?」


その口調が余りにもいつも通りだったから、私は思わず言葉につまる。ワンテンポ遅れてそうだねと返して、ようやく言葉が動き出した。


「メリークリスマス、サツキくん」


もうそろそろ今日が終わろうとしているのに、メリークリスマスだなんて変な感じ。なんとなくくすぐったくなって、とりあえず座ろうかと話題を変えれば、サツキくんもそれに応じた。


「お前、まさか今日ずっとここに居たのか?」
「残念でしたー。さっき来たばっかりだよ。…そうだった方が嬉しかった?」
「いや、それだとお前が不憫過ぎてやりきれねえ」


人を馬鹿にするような笑い方じゃない、からっとしたこの笑い方は好きだなあと思う。
サツキくんは礼服なのだろうか。随分かっちりした格好をしていた。いつもと違う服装が、余計にサツキくんへの違和感を招いている。一度は落ち着いた胸のざわつきが再び顔を覗かせた。


「なんか、サツキくんじゃないみたい」
「あ?…ああ、この格好のことか?それなら今日は学校で、」


座る位置がいつもと違う。いつもは時計台側にサツキくんがいて反対側に私がいるのに、今日は逆なのだ。そうなると顔や体の向きももちろん反対になるから、月が見えない。
逆光にならないとこんなにもよく顔が見えるのか。だけど、それだけじゃない。


「違うよ、サツキくん」


そうじゃないの、と、言葉を重ねる。彼は少しだけ驚いた顔をしていた。今まで、彼の話を遮った事なんて無かった。余り話さない分その声を聞き逃したくなくて、一音一音拾うように話を聞いていたからだ。

言葉を遮るのは簡単なのに、次の言葉を言うのは難しい。
そうして、私はサツキくんの何を知ってるのかと自問自答する。名前も漢字で書けない、学校や年齢だって知らない。会った回数なんて両手で足りる。―――だけど私は、目の前に居るサツキくんを知っている。


「今日のサツキくん、今までで一番悲しい顔をしてるから」


摘まれた花は生きてるのか死んでいるのか。
花束になり、愛する人から愛される人の手に渡り、掛け替えの無い思い出を彩る一つとなり、月は見えなくてもそこにある。

両腕に抱えられた花は、生きている。


「何があったか話して欲しいなんて思ってない。だけどサツキくん、私に当たったり早く帰したりした事もあったのに、今更取り繕うなんて嫌だよ」


前に、サツキくんが今は人と居られないと私を帰した事があった。その日の彼は色んな事に対して憤っていて、一言で言えば荒れていた。それから後日、八つ当たりだったと眉を下げた。
サツキくんはいつも真っ直ぐだ。誤解を招くような言葉や態度を使うだけで、不用意に人を傷付けることも、嘘もごまかしも無い。


「…お前も変わってるな」


本当は恐かった。怒られるかと思っていた。何も知らないくせにと罵倒されてもおかしく無い私たちの距離感が、これで終わってしまうのでは無いかと。


「寮に帰る気分じゃなかったからここに来たけど、今日は帰った方が良いかも知れねえな」


そんな考えに反して、サツキくんは自嘲気味な言葉を返すだけ。私に言うと言うよりは、自分自身に言い聞かせるような口調。
思い違いだった。そもそもサツキくんの中に私は居なかったのかも知れない。


「お前も早く帰れよ。寒くなって来た、このまま雪が降るかもな」


言いながら、サツキくんは立ち上がり私に背を向けてしまった。反射的に追い掛けようとして、だけど私になにが出来るのかと足が動かなくなる。
私の声はきっと届かない。それを彼は良しとしない。だけど、今日のサツキくんは危なくて見ていられない。

結局その場を一歩も動けないまま小さくなっていく背中から目が離せないでいたら、ふいに彼が振り返った。


「ありがとう」


それが何に対しての「ありがとう」なのか。どんなに考えても、きっと私には解らない。ただ、その時のサツキくんがサツキくんじゃないみたいに穏やかな顔をしていた事が心に残った。
今夜は月が見えない。今にも雪が降り出しそうな寒空の下、なにを思って彼は来た道を戻るのだろう。


年が明けるまで、彼が公園に来ることは無かった。


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