※リピート(四ノ宮ルート)12月以降と平行しています




彼を一言で言えば、不思議な人だ。うん、そう。不思議な人―――改めて胸のうちで呟けば、その雫はミルククラウンを作ることも無くすとんと自分の中に落ちた。

12月の夜は寒い。頬を突き刺す北風は乾燥していて、今年の冬は乳液の減りが例年よりも早く感じる。それも、頻繁に街から少し外れた公園へと赴いているからなのだけど。


「…今日も来たのか」


ブーツの踵が砂を踏む音で、彼は振り向いた。呆れたように私を見ると、それまで持っていたヴィオラを丁寧にケースに戻した。
音楽なんて昼寝の時間だった私が、ヴィオラとヴァイオリンの違いを分かるようになった。これは間違いなく彼のおかげ。

また5分もすればケースから取り出すのに、粗雑な態度や鋭い目付きとは裏腹に優しく楽器を扱う。そんなところも彼を解らなくさせる一因だった。


「サツキくんだって今日も居るのに」
「お前な、」


呆れたような態度は崩さないまま。彼はさっきケースを置いたベンチに座ると、私にも座るように促した。ケース一つ分空いた二人の間に北風が吹く。


「それに、この前怒られたからちゃんとマスクも付けて来たんだよ」
「別に、風邪引かれて俺のせいされたら堪らねえからな」
「うん、ありがとう」


お礼を言えば、彼はくすぐったそうにしていた。なんだかんだ言いつつ、優しい人なのだ。

毎晩のように、とは言わないけど、よく公園で楽譜と睨めっこしながら楽器を演奏している彼は、シノミヤサツキくん。口頭で言われたから漢字は知らない。でも綺麗な名前だなあと思ったし、サツキくんは名前だけじゃなくてヴィオラとヴァイオリンの演奏もとっても綺麗だった。あとは声と目も、かな。
バイト帰りにここで彼の姿を見付けて、勇気を出して声を掛けて、いつの間にか私はここに通うようになっていた。

大切なこと、彼は夜にしか現れない。


「大体、こんな時間に女が一人で出歩いて、襲われても知らねえぞ」
「こんな寒いのに公園に来る人なんて馬鹿しか居ないよ」
「…それ、自分のことも馬鹿にしてるって気付いてるか?」
「私が頭良くないの知ってるでしょ?」


私に出来る一番の笑顔を浮かべて言ってやれば、サツキくんは解りやすく嫌な顔をした。これはよく馬鹿だなんだって私を貶す彼への当てつけである。


「サツキくんって寮制の学校なんでしょ?こんなに抜け出してバレたりしないの?」
「俺がそんな馬鹿やると思うのかよ」
「うわ、相変わらず自信過剰だ」


この辺りで寮のある学校と言えば二つくらいしかない。どちらだろうと考えて、やっぱり考えるのを止めた。なんとなく、知られたくなさそうだったから。
そもそも、サツキくんは自分のことを話したがらない。だからと言って、無理に聞くような事はしないけど。
普段から会話よりも演奏を聴いている時間の方が長かった。北風が楽器に吹き付けるのは痛々しいけれど、彼が作り出す音楽はいつだって灰色の夜空に色をつけた。

ふいに、サツキくんが再びヴィオラに手を伸ばす。


「邪魔だけはするなよ」
「わかってるよ」


月と時計台を背景に彼が演奏がする光景は、この世のものとは思えないくらい綺麗だった。
空気が、鼓膜が、心臓が震えるような音色はきっと月に届く。ぴんと張り詰める彼の邪魔にならないよう、私は息を潜めて音に耳を傾けた。滑り出したメロディーはよく馴染み、まるで明かりを燈し始めた住宅街のイルミネーションみたいだと思った。

暖かくて優しくて、どこか寂しい時間が流れていた。


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