今日は遅くなりそうなので、先に寝ていて下さい。

すみませんの五文字と一緒に渡された言葉に、私は仕方ないよと今日も反した。
この仕方ないは嘘でもごまかしでも無かった。事実、仕方ないとしか言いようが無いのだから。私の心とこの街の平和ならば、この街の平和の方が大切だし、現状を寂しく思う反面、私はきっとヒーローの仕事を蔑ろにするバーナビーに出会ったらがっかりすると思う。

嘘つきのヒーローは今日も私を一人にする。なんて、思えるわけも無くて。

私は電話のあと、バーナビーの分の夕食にラップを掛けて、テレビと一方通行の会話をしながらご飯を食べた。…最後に一緒に夕食を食べたのはいつだったのだろう。一人きりの食事は味気ない。
味気ないのは私の技術不足か心の持ちようなのか。判断してくれる人がいないから解らない。朝食はバーナビーと一緒に摂るけれど、トーストと目玉焼きとか、いわゆる軽食と言われるものだから、それは判断材料にはならないだろう。

夕食の後、アイスを食べようと冷蔵庫を開けた私は、その中身にがっかりする。なにも無い。正しく言えば氷しか無い。

近くのコンビニまで買いに行こう。ついでにトーストとハムと、確かそろそろコーヒーも無くなってしまう筈だから。







「ありがとうございましたー」


間延びしたアルバイトの女の子の声を聞きながら、コンビニを後にした。
アルバイトの子は高校生くらいだろうか。お釣りを渡す時に見えた女の子の左手の薬指にはピンクゴールドのリングが光っていて、最近の高校生は凄いなあ、なんて関心した。けれどコンビニを出た後、つい自分の飾り気の無い左手を月に翳してしまうのだから、自分でも情けない。

別に指輪や形あるものが全てでは無いのだ。それはもちろん解っている。解ってはいる、けれど…


「…なまえ?」


呼ばれた気がした。ううん、絶対に呼ばれた。振り返れば、がさりとコンビニの袋が風に揺れる音と共に、私に向かってくる走る足音と、その姿。


「やっぱりなまえでしたか。人違いじゃなくて良かった。」


息を乱すことも無くバーナビーは私の元へ駆け寄ると、どうしてこんな時間に、と、なんとも彼らしい事を尋ねて来たので、私は素直にアイスと朝ごはんとコーヒーを買いに来たのだと答える。
私にとっては、遅くなると言ったバーナビーが日付を越えること無く帰って来たことが驚きだった。


「バーナビーは嘘つきだね」


今日はなんだかバーナビーのことばかり考えている気がして、それが妙にくすぐったく、少しだけ悔しい。だから、これは私からのささやかな仕返しだ。


「すみません」


彼は、いつも仕事が忙しくて帰りが遅いことを謝っている。いや、遅いことと言うよりは、そのせいで私を待たせることなんだろう。そんな事は別に良かった。私が勝手に待っているだけなのだから。


「そうじゃないの」
「なまえ?」
「お仕事、遅くなるって言ったのに早く終わったでしょう」


この言い方では、まるで私がバーナビーに早く帰って来て欲しく無かったみたいに捉えられてしまいそうだ。その証拠に、彼は怪訝そうな顔をしている。


「早く帰って来てくれて嬉しいの。そういう嘘なら大歓迎よ」
「…貴女の言い方は心臓に悪い」
「ごめんね。でも私、本当に嬉しい」


バーナビーは少しだけ顔を綻ばせ、けれど照れを隠すように平静を装う。荷物持ちますよ、なんて、あからさまに話題を変えるところが愛おしい。


「夜ご飯は食べた?」
「なまえが作っていることを知っていて、食べてくる筈が無いでしょう」


左手の薬指に指輪は無いけれど、繋がれた手があれば充分だった。仕事だから仕方ないなんて思っていたくせに、結局会えてしまえばそれに甘えている私も大概単純だ。…ああ、そうだ。大切なことを言い忘れていた。


「おかえり、バーナビー」




嘘つきはバニラの香り


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