しんとした夜の空気が好きだ。そんな夜を好きな人と歩く時は、まるでパレードと一緒に歩いてるみたい。 「向かえに来てみました」 そう言った私を、バーナビーは一度難しい顔で見て、それから眉を下げる。彼が優しい顔で溜め息をついた事は、高く上がった月が教えてくれた。 「こんな時間に出歩いて貴方になにかあったら、」 「バーナビーのお仕事が増えちゃうね」 「なまえ」 「…わかってる、ごめんなさい」 そんな事じゃないのだと、私の名前を呼ぶ中に言葉が詰まっていた。言わなくて良い時に冗談を言いたくなるのは、私の悪い癖だ。 「すまない、僕の方こそ言い過ぎた」 「ううん、勝手に来た私が悪いの」 お互い謝った後、どちらからとも無く手を繋いだ。さっきまで集まっていたギャラリーはもう散っていて、私たちは帰り道を歩きだす。幸か不幸か、最後のバスはもうターミナルを出てしまった。 「タクシーで帰りますか?」 「バーナビーが疲れてないなら、歩いて帰りたいな」 きっかけは単純だった。 今日見た映画で、女の人がメトロまで男の人を向かえに行くシーンがあって、それがすごく素敵に思えた。それに、私はバーナビーが出動してしまうと心配と不安で眠れないのだから、いっそ、愛しい人を向かえに行ってみようと思った。 「ヒーローお疲れ様。バーナビーが無事で良かったよ」 「僕はなまえが無事で安心した」 今日はポイントを取れたの、とか、ワイルドタイガーとは仲良くやれているの、とか、聞きたい事はいっぱいある。 だけど、そんな事は夜が開けてから、いつもより少しだけ遅い時間に取る朝食の時に聞けば良い。 「朝のニュースは録画しようかなあ」 「唐突ですね」 「だって、バーナビーの活躍が見たいのに、こんな時間から寝たら起きられそうに無いもの」 夜の街は静かで、いつもよりお互い声量を押さえていた。それがなんだか特別なことに思えて、静かな二人のパレードが進んでいく。 「僕は、愛されてますか」 「愛されてますよ、私に」 夜は好きだ。いつもなら言えないようなことだって、簡単に言えてしまうから。 「なんだか夢の途中みたい」 「それはまた、抽象的だ」 「そうかなあ、好きな人と手を繋いで夜道を帰ることが私の夢なのに」 私の言うそれが目標に近い意味の夢なのか、眠っている時見る夢なのか。そう聞かれたら、これは二つの意味を合わせていると答えよう。 「他には無いんですか」 右耳の少し上からバーナビーが尋ねた。その間にも足は進み、夜の景色は流れていく。家が近付くにつれ、私は少しだけ歩幅を小さくした。彼は気付いていたけど、そのことについては特になにも言わなかった。 そうして、彼の質問について考えてみる。夢なら色々あったはずなのに、うまく思い出すことが出来なかった。 「バーナビーは、無いの?」 顔を上げてそう聞けば、バーナビーは少し考えてから口を開く。 「起きた時になまえが腕の中にいること、とか」 「…贅沢だなあ」 「自分で言いますか」 「そうじゃなくて、私が贅沢な思いをしてるの」 繋いだ手に力が入ったのはどちらからだっただろうか。まどろんでいる、けれど確かに、私たちは現実を歩いている。 「明日は出かけましょうか」 「お仕事は?」 「有給を戴いていたことを忘れていました」 有給のあるヒーローなんて面白いね、と言えば、出動があれば有給返上だと彼が苦笑した。例えそうなったとしても、私はその心遣いだけで十二分に幸せだと思える。…ああ、そうだ。 「その前に、バーナビーの夢を叶えないとね」 夢の続きに見る夢は、どんな優しい色で私たちを迎えてくれるのだろうか。手を繋なぎながら見た月は低く、パレードの終わりは近かった。 月 と パ レ │ ド |