八話以降




地方に行った帰り、特急列車の座席は四人掛けだった。四人掛けは好きじゃない。向かい会えば、他人同士でもお互いがよく見える。


「向かいの席、良いですか?」
「大丈夫ですよ。…うそ、イワンくん?」
「え、あ、なまえちゃん?」


走り出した電車の中、偶然会ったのはヒーローアカデミーで一緒だったなまえちゃん。久しぶりに会った彼女は少し体型が変わっていた。それでも、相変わらず彼女はかわいい。


「本当に久しぶり」
「うん、学校以来だし」
「イワンくん、ヒーロー頑張ってるんだね」
「…知ってたの?」


基本的にヒーローの正体は機密事項だ。いくら彼女が元生徒だからと言っても、僕の友達としても、知っている訳が無い。


「この前、ニュースを見てて気付いたの」
「そう、なんだ」
「そんな顔しないで、すごく格好良かったわ」


変わらないなと思った。
昔もそうだった。僕が気付かない僕まで見てくれて、それから、教えてくれる人。


「イワンくんを見て、勇気を貰った」


彼女が好きだった。
告白も出来ないままに卒業を迎えてしまったけど、エドワードに対してのものとは違う憧れを彼女に抱いていた。


「私ね、結婚するの」


静かな声で、だけどしっかりと彼女は僕に言う。今まで見ないフリをしていた指輪を撫でる手は優しそうだ。そんなこと、聞きたくなかったのに。


「相手、ヒーローアカデミーの同級生なんだ」
「試験を受けなかったのは、それで」


最低よね、彼女が呟く。
その結婚は社会的に見たら不純なことなのかも知れない。それでも、彼女が悩んで出したはずの結論を、僕は悪く言う気にはなれなかった。


「私、お腹に子供が居るの」
「そう、なんだ」


心の整理は難しい。僕の中では、会えて嬉しい気持ちと会わなければ良かったと言う思いがぶつかっている。


「すごく不安だったんだけど、イワンくんを見て、私も頑張らなきゃって」


きっと僕は情けない表情をしていた筈だ。目を合わせることは出来なかった。けれど下げた視界では、現実から逃げることは許さないと指輪が僕に告げる。


「今度、結婚式の招待状送るね」
「なんだったら、ヒーローとして、」
「それも嬉しいけど、私は友達として来て欲しいな」


友達だった。そして今でも。


「なまえちゃんがそう言うなら、そうするよ」


世の中には、どうしようも無いことだってある。もしかしたら、そんなことの方が多いのかも知れない。そんな中で、今の僕がすべき事はなんだろうかと考える。
ふと、アナウンスが掛かって電車の速度が落ちた。もうすぐ、都心にある終点から二つ前の駅に着く。確かそこは、郊外の住宅街の近くにある大きな駅だ。


「イワンくんは終点まで?」
「うん、そうだよ。なまえちゃんは?」
「私は次の駅だよ」


最近、また新しく出来た家が沢山あるらしい。その中に、彼女の未来も建っているのだろう。

そうして、電車が止まる。


「じゃあ、またね」


なまえちゃんが立ち上がって、視界から指輪が消えた。その時になって、僕はようやく意識して彼女の目を見ることが出来た気がする。


「幸せになってね」


彼女は僕と目を合わせたまま、元から丸い目を更に丸くした。それから、昔と変わらない顔で笑う。


「ありがとう。イワンくんも身体に気をつけてね」
「それじゃあ、また」


手を振って、電車から出て行く彼女を見送る。僕は笑えていただろうか。解らないけど、でも、これで良かった。


「好きだったのに、なあ」


空いた座席を見ながら、一人呟いた。四人掛けは嫌いだ。向かい会えば、好きな人の知りたく無かった未来まで見えてしまう。





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