事務的な内容でも話せるだけで幸せ。名前を呼んで貰えたら世界が終わっても良い。だから今日みたいに、他の人が出払ってオフィスに二人きりになった日には、私は何も望まない。

慎ましやかな女でありたい私は、そう頭に摩り込みながら目の前の仕事をする。みんなから色んなものを求められるヒーローに、ヒーローを支える立場の私が――いや、ただの一社員だけど、とにかく、そんな私がヒーローに何かを求める訳にはいかない。


「コーヒー入れますけど、バーナビーさんはどうしますか」


けれど、こうしてコーヒーを口実に会話をしようとするから、いつからか社員のコーヒーを入れるのも仕事になった気がする。別に苦じゃない。むしろ嬉しい。


「ありがとうございます、お願いしても?」
「ついで、ですから」
「それでもですよ…なまえさん?」


カップを受け取ろうとして、バーナビーさんと正面から目が合った。心拍数を必死に抑えながらなんですかと返すのに、顔の熱は冷めてくれそうに無い。


「いえ、顔色があまり良くないようですが、体調が優れませんか?」


顔色がよろしく無いのは貴方のせいですよ、なんて気持ちはただの八つ当たりだ。なんでも無い、うまく振る舞えない自分自身への憤り。


「心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですよ」


現実の私は、カップを受けとってそう返すのがやっとだ。もっと会話の弾む切り替えしもあるはずなのに、それが見付からない。それから、この気持ちを仕舞う場所も。…だから、せめてコーヒーくらいには私の気持ちが映って欲しいと思う。やっぱり、慎ましやかな女には程遠い。


「いつもありがとうございます」


ごぽり、ポットが音を立てた。いきなりそう言ったバーナビーさんに、思わずボタンを押す手に力が入ったからだ。幸い、勝手に彼を思って買ったブラウスにコーヒーは跳ねてない。


「えっと、それは、」
「色んなことに対してです」


コーヒーを手渡して、変わりに私の手が彼の手の中へ引き込まれた。小さく波打ったカップの水面が、私の余裕の無さをよく表している。


「…手、離して下さい」


だから、これ以上は駄目だ。私は慎ましやかな女になりたい。多くを望まない人でありたい。


「嫌なら引き抜けば良い。そこまで力は入れて無いはずですよ」


そんなこと言われたって、引き抜けるはずが無かった。さっきまでカップを包んでいた手は暖かくて、私より大きな手に包まれている今は熱い。手の平の体温が愛しいだなんて、思春期でも無いのに。


「良いなら、このまま聞いて下さい」


バーナビーさんは私の目を見る。彼の目はダメだ。大人になって手に入れたスーツと自制心で隠した欲が出て来てしまいそうだから。


「仕事への姿勢も、時折見せる難しい表情も、コーヒーだってそれぞれの好みで変える気遣いも、それから、」


切られた言葉に、期待をかけてしまうから。

これは、愛おしさの侵食だ。
話をすればもっと声が聞きたいと思う。名前を呼んで貰えたら、愛を込めて囁いて欲しいと思う。平日の午後、広いオフィスに二人きり。私は慎ましやかな女にはなれそうもない。


「僕を愛してくれるところも、好きですよ」





いよいよきみは
宇宙を欲しがるころ




title by にやり


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