幸せな夢を見ていた。
窓越しに初夏の日差しを浴びながら、カーテンを揺らす南風を浴びながら、私は眠りの中で仁王の背中に掴まっていた。音も無く滑る自転車の上、照り付ける太陽に、仁王がこんな晴れた日に二人乗りさせてくれるなんて珍しいなあ、なんて思ったところで、これが夢だと気付く。

こんなに満ち足りた夢の後でも寂しくならないのは、きっと午後から仁王が家に来るから。
もぞもぞとブランケットを手繰りよせながら、少しずつはっきりしていく意識を委ねていく。


「おはようさん」


ふと、仁王の声が聞こえた。
私はまだ夢を見ているのだろうか。ぼんやりとしたままの頭を働かせて、重い瞼をこじ開ける。


「よう寝とったな」
「…なんで」
「俺は時間通りじゃ」


ほら、と仁王が時計を指す。黒い短針は2と3の間を、長針は6を指していた。待ち合わせをしていた時間から、ぴったり三十分。
寝過ごした事にも起きたら仁王が居たことにも眠気はすっかり覚めてしまって、ごめんとベッドに正座して謝れば、寝顔が見れたからええと返される。…疑うまでも無く、私はからかわれている。


「…起こしてくれて良かったのに」
「気持ち良さそうに眠っとったからの」


そう喉で笑う仁王は日なたぼっこの途中の猫みたい。普段なら拗ねてみせるところだけど、今回は私に非があるから何とも言えない。足の短いテーブルには仁王と私の分の飲み物が置いてあって、きっと、お母さんから渡されたそれを仁王が運んだんだろう。

今更気を使うばかりの関係でも無いけど、もう少し、ちゃんと出迎えたかったなあ、なんて思うのは女心と言うよりはただのプライドだ。


「拗ねとるんか」
「ううん、ただちょっと悔しいなあって、それだけ」


とは言っても、これ以上考えても仕方ないから考えないし、仁王も大して興味が無いようで勝手にテレビを付けている。
ドラマの再放送、ニュース、ワイドショー、画像の荒いB級映画、旅番組。かちかちと仁王はチャンネルを変えて、結局ドラマの再放送に戻った。多分、この選局は消去法だ。


「さっきね、夢がすごい幸せだったの」


恋愛ドラマをBGMに、私はぽつりぽつりと話を始めた。私のオレンジ色の自転車で二人乗りをしたこと、風が気持ち良かったこと、風に負けないように大声で話したこと、海と空の堺がわからないくらい空が晴れていたこと。そんな夢の話。

仁王は話の間に私の隣に座っていて、欠伸を噛みながら話を聞いていた。午前は部活だったし、朝早かったのかなあ。仕事の減ったテレビの向こうでは主人公の女の子が授業中にうとうとしていて、私は今の空気がとても好きだと思った。


「行きたいんか」


どこに、とは聞かなかった。夢の続きを仁王は見せてくれるらしい。
どうしようかと笑いながら、ベッドの上で体勢を変えてカーテンに手を伸ばす。夢とは違い、窓の外ではどんよりとした雲が空を覆っていた。


「微妙な天気じゃな」
「夕方から雨降るって、天気予報で言ってた」


それでも、雨は夕方を待たずに降り出してしまいそうだと思った。
少し残念だけど、起きぬけの私は太陽の下ではしゃぐ気にはなれないし、仁王は余り太陽の光が好きじゃ無いから、それでも良いかなと思った。


「それより、良い方法があるよ」
「良い方法?」
「うん、お昼寝しよう」


また寝るんかと仁王は笑ったけど、その後すぐに無縁慮にベッドに横になった。いよいよ役目を失ったテレビを消して、私もベッドに沈む。
日なたじゃ無くても体温は温かくて、雨の音を待ちながら手を繋いだ。自転車なんて無くても夢の続きが見られそうだねと言えば、眠たげな相槌が返って来る。

そうして幸せの溜め息が雨を降らす頃、私と仁王は海岸で虹を待っていた。





WAGON/YUKI


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