賑やかなのに、雨は寂しい。

ばたばた、ぼたぼた、ざあざあ。雨音の擬音は数えきれないほどある。今日の雨は船体に打ち付ける波飛沫と相まって、まるで空気が裂けていくような音を奏でていた。
こんな雨の日ならではの甲板に出たい気持ちを抑え、自室のベッドでブランケットに包まって窓の外を眺める。

ふと、引きずるような足音がこちらに向かって来た。


「雨に恋人でも殺されたのか?」


開かれたドアと言葉の割に軽い口調に振り返れば、呆れた顔のと視線がぶつかる。今まで眺めていた窓に手を付けば結露で指先が濡れた。やっぱり外は寒いらしい。


「ノックくらいしてよ」


なにが面白いのか、わりいなと返すエースは笑っている。そんな彼は無遠慮にベッドの上に上がると私の隣に座った。


「私、そんな酷い顔してた?」
「酷くはねえけど、つまらねえって顔してた」


どうやら私の考える酷い顔とエースの考えるは酷い顔は違うものらしい。
それを酷い顔って言うんだよ、そう言おうとして止めて、変わりに笑おうと思ってまた止めた。無理矢理笑うとエースは怒るから。


「百面相してるぞ」


言いながら、目線が同じになるように屈んでくれる。こうやって甘やかされるのは少しだけくすぐったくて苦手だったけれど、今は心地好いと思う。


「殺されたって、あんまり間違いじゃないかも」
「…悪い」
「ごめん言い方が悪かった。昔になにかあったわけじゃないの」


我ながら都合の良い頭だ。苦手だった家族や愛しい人の存在も、今では気まずそうにしゅんと耳を垂れるエースに申し訳ないと思うより愛しいと思ってしまう。本当、重症だ。


「雨が降るとね、とても賑やかじゃない」
「…わかるような、わかんねえような」
「晴れの日が人の声なら、雨の日は海の声なんだよ」


そう言えば、昔付き合った人は取り留めのない話をする私をすごく面倒臭さそうに見ていた。
エースは彼の日だまりでもって受け入れてくれる。興味が無くても邪険には扱われないのが心地好い。…日だまり?うん、そう。雨が寂しいのはきっと。


「だから雨の日はエースを見失いそうで、少し、寂しい」


エースの作る日だまりの温度もわからないほどに私の中に影が出来て、声も雨音に吸われてしまう気がして。
それでも雨を嫌いになるわけでも無く、行き場の無い雲が視界を曇らせる。どこまでも身勝手で高慢な考え。


「隣に居んのに、情けねえな」
「…うん、ごめん」
「違えって、俺が情けねえ」


少しだけ困った顔をして、さっき下げた耳をもっと下げて、今日一番優しい顔をする。
器用な人。優しい人。暖かい人。そんな人はたくさん居るけれど、私に一番心地好い温度でその全て向けてくれるのはエースだ。

今もこうして、雨音の中で私に次なんて言うのかを考えてくれている。


「俺は雨の日は嫌いじゃねえけどな」
「能力、使いにくいのに?」


実際の雨の日に能力を使っているところを見たことが無いから解らないけど、なにを頑張っても水と炎では相性が悪い。きっと雨の日に寂しくなるのはそんな理由も関係していると思うのだ、多分。

否定はしねえけど、そんな前置きを置いて再び話を戻す。


「雨の日は弱ったお前が見れるから、嫌いじゃねえ」


そう言ったエースは、初めて出会ったと同じ。無くしようもない、強い太陽の光。

時々、私はエースの作る日だまりの中に居るのが自分だけなら良いと考える。きっと私は欲深い。いや、海賊なんて欲の無い人間がなるものでも無いけど。


「弱る、ねえ」
「自覚ねえならそれで良いと思うけどな」


自覚があるのか、無いのか。無いとも言えないし、あるとも言える。それにこんな事は嫌だけど、もしかしたら私は、エースに構って欲しくて悩むくらいに欲深いのかも知れない。

さっき結露で濡れた指先が乾いても、心はいつも色んなもので溢れている。


「まあ俺としては、少ししか傷付かねえって言われた方がショックでけえ」
「…本当のこと言ったら言葉に出来ないよ」


優しい。嬉しい。大好き。心地好い。暖かい。良い匂い。

雨の擬音よりもたくさんの言葉でエースを表したくて、私の気持ちを言葉にしたい。この世には素敵な言葉も綺麗な言葉も溢れているのに、どれも貴方に足りない。


「優し過ぎて、悩む」
「おう、盛大に悩め」


持て余した指先から伝わる体温に泣きそうなくらい安心を覚えた。心に影を落としても、そんな私ごと照らしてくれる。

新しく増えた日記のページには、なんでもなくてかけがえのない、雨の日の憂鬱と幸福の話を添えて眠りたい。






心に影を落としても


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