ミンミンジリジリと落ち着きの無いセミをうるさいと怒ったら、幸村にお前がうるさいと怒られたことを思い出した。もちろん夏の日の出来事である。

夏には、逃げ水と言うものが見えることがあるらしい。蜃気楼みたいなもので、それは柳から借りた純文学に書いてあった。
その本を読んでる時に、向かいでオリエント急行殺人事件を読んでいたのが柳生。確かその後、赤也に先輩本なんて読むんすか?なんて、すごく失礼なことを聞かれた気がする。

ああ、でも、ダメだ。


「仁王、私こんなんじゃ涼しくなれないよ」


なんで炎天下でこんな事を考えているかと言うと、暑い暑いと言う私に涼しくなる妄想でもしてろと仁王が言ったからだ。

その仁王はすごく怠そうに知らんとだけ返した。暑さのせいで言動が刺々しい。心無しか髪もしおれているように見える。

暑さに弱い仁王とそれに負けず劣らずな私を買い出しに行かせる幸村は人でなしだ。じゃあ頼むよと笑う顔には清々しさすらあった。絶対にわざとだ。…そうだ、幸村と言えば。


「五感奪ってくれないかなあ」
「お前やられた事無いからそんなこと言えるんじゃ」


ぶるりと仁王が震える。良いなあ、寒そうで。意味違うけど。

今頃、みんなは帰りの支度をしながらクーラーの聞いた部室で私達を待っているんだろう。私はアイス食いたいなんて言い出した丸井を猛烈に恨みたい。ピコピコ音と一緒にコンビニの自動ドアが開く。


「うわ、めっちゃ寒っ」
「不健康じゃ」


ひんやりどころか寒い店内に汗が一気に引いていく。反エコだ。早く出たい、けど、あのじめじめした暑さの中にも帰りたくない。

アイスコーナーに手をついて仁王がため息をつく。


「どうしたの」
「…少ない」


うわーほんとだ。そんな間の抜けた返事をした先にはまばらにアイスが置いてあるだけ。誰か丸井に負けないくらい甘党の人が来たのだろうか。そうだったら面白いな。


「箱のアイスにする?」


そう提案すれば、仁王はボックスに入ったアイスが売ってるところにそそくさと向かう。甘いものを好んで食べるイメージは無いから、多分、さっさと寒い店内からも暑い帰り道からも遠ざかりたいんだろう。


「そう言えば、幸村がアイス代は部費で落とすって言ってたよ」
「なら高いのじゃな」


そう言って仁王は茶色いパッケージのアイスを取った。普通のを買えば一個三百円くらいするアレだ。てかこれって部費の横領…まあ、別に良いけど。

ふと、仁王がお会計をする間に見えた期間商品に心が捕まれる。


「かき氷だって、仁王」


部活ばっかでお祭りにも行けてない。イコール、夏の風物詩を食べていない。


「食いながら帰るか?」
「よし、そうしよう」


わざわざ暑い思いをしてコンビニまで出向いてやってるんだ、これくらい悪くないだろう。
それでも私は舌についた色で文句を言われるのは嫌だから苺味にする。仁王はブルーハワイにしていた。馬鹿だなあ、絶対幸村に厭味言われるのに。

店員さんが慣れた手つきで氷をカップの中で三角にしていく。さらさらと滲みていく赤いシロップに頬が緩むのがわかった。


「かき氷食うと痛くなるん、かき氷頭痛って言うんじゃって」
「ふうん、そのまんまなんだね」
「苗字もそう思うじゃろ」
「うん。もうちょっと捻れば…痛っ!きた!きーんってきた!」


かき氷をもったまま両手でこめかみを抑えた。そんな私を仁王は残念な人を見るような目で見てくる。それでもその後すぐ仁王も痛がりだしたから、自業自得だと笑ってやった。


「かき氷頭痛なんて嫌いじゃ」
「イップスとどっちが?」
「…イップス」


本当に嫌そうに眉をひそめた仁王がおかしくて、私は更に笑う。


「笑い過ぎじゃ」
「だっておかしいんだもん。てか仁王の舌めっちゃ青い」
「アイス食ったら直るじゃろ」


仁王は黒い携帯を鏡変わりにして舌の色を確認すると、その色になにか満足したように喉で笑った。これは赤也あたりがいたずらに引っ掛かる流れだ。赤也ドンマイ。

帰り道の仁王は、うだっていた行きが嘘のように生き生きしている。さすがに本調子では無いけれど、かき氷は仁王すら回復させるらしい。
そんな事を考えながら校門をくぐれば、部室まで後少し。


「そう言えばアイス溶けてない?」
「俺らに任せたあいつらが悪い」
「それもそっか…あ、」


丸井が首だけを部活のドアから出しているのが見えて、言葉を切った。
その丸井は私達を見付けると目を輝かせた。それでも、すぐに私達の手元に気付いて不機嫌を顔に塗りたくる。


「お前らなに食ってんだよ!」


部室を飛び出す丸井と、その勢いに思わずかき氷を落とした私。それから、そんな丸井と私を青い舌で笑う仁王。
アイスが溶け出した光化学スモッグの中、三者三様の私たちの影で苺味の逃げ水が揺れていた。


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