「ジュダルちゃん!お散歩いこーっ!」

「げ マジかよ…」




ふわりと浮かんだ絨毯に、すぐ隣からおお、と感嘆の声が洩れる。
それに少しだけ得意になって急上昇したら、今度は怖いと怒られた。


「乗せてもらっといて文句ばっか言ってんじゃねーよクソババァ」

「相変わらず失礼だね君は…くそばばぁじゃなくてなまえね、なまえ、」


寒いからか鼻の頭を真っ赤に染めて、ふにゃりと笑うこいつはなまえというらしい。
別に名前を知らなかったわけでもなかったけれど、とりあえずふん、と鼻で笑っておいた。呼び方を直す気はさらさらない。ババァはババァだろ。

こいつがここに、この世界に来たのは、何ヶ月か前のこと。
ふらりと訪れたシンドリアで、突然空から降りてきた女を王宮で保護しているという噂を小耳に挟んだのが始まり。
興味本位でシンドバッドの所に見に行ってからはすっかり懐かれてしまった。別の世界からこっちに飛ばされた拍子にルフが見えるようになったとかなんとかで、俺の周りの黒いのを見て目を輝かせていたのは記憶に新しい。
隣で子供のようにはしゃぐ姿を見る限りは本当にただの一般人なのだけれど。平凡という言葉が良く似合う、普通のちんちくりん女。



何度乗せても初めて乗ったときのようにわくわくした表情を見せる彼女の顔から視線を逸らす。
市街地や国営商館の人工的な灯りがちかちかと辺りを彩って、素直に綺麗だと思う。
身を乗り出してそれを見る彼女は、おそらくシンドバッドが持たせたのだろうブランケットを頭からすっぽり被っていて、まるで子供が描くおばけに似ていた。
横目にそれを見ていると、不意に白いおばけがこちらに振り向く。


「ジュダルちゃんさぁ、その格好で寒くないの?」

「さみーわけねぇだろ」

「…鼻の頭赤くなってるけどほんと?」


くすくすと小さく笑うなまえにわざとらしく不機嫌そうな表情を向ける。
そうすれば慌てて口元を押さえて、ごめんごめんと謝ってきた。
こいつ本当に年上なのか、と疑問に思うくらい時折子供っぽいところを見せる、というか、仕草が全く大人びていない。ババァとは言っているものの、見た目も中身もとうていうちのオヒメサマなんかよりずっと子供のそれに近い気がする。



あぐらを掻いた膝の上に肘を突いてゆっくりと島の上を移動していると、突然絨毯がこちら側に傾いた。
柄にもなく慌てて体勢を元のように整えれば、俺より驚いたなまえの顔がすぐ近くにあった。
原因はこいつか。さっきまで絨毯の端の方に居たくせに、俺が見ていないうちになんの前触れも移動したからカバーし切れなかったんだろう。


「わああびっくりした…」

「気ィ抜き過ぎたな」

「ふふ、ジュダルちゃんでもそんなことあるんだぁ、」


さっきまで驚いていたのに、今度はまた気の抜けたようないつもの顔で笑う。
そんな仕草にはぁ、と溜息が出る。溜息なんて吐いたのはいつぶりだろうか。こいつといると精神的に疲れる。なんで俺がこんな奴に気遣わなきゃなんねーんだ…



「ジュダルちゃんにもお裾分けー」


そう言ってふわりと掛けられたブランケットは、お香と、僅かに彼女のかおりがした。大きなそれを俺に半分掛けて、当の本人にも掛かるように体をぴったりと寄せてくる。
そのまま空を見上げて、ねぇジュダルちゃんも見てみなよ、ってその距離が当たり前のように話だした。
久しぶりに感じた人の体温に胸の奥がざわつく。なのに嫌な感じは全くしない。
本当にこいつ何者なんだ、?

なまえと俺の吐く息が夜闇に白く溶ける。
何も遮るものがないこの場所では、月の光がよく届く。
その柔らかな光を受けた彼女の髪は、まるで星屑を集めたみたいにきらきらと輝いていた。
そんな俺の視線に気が付いた彼女が、星の光を宿した瞳を俺に向ける。


「ここは、わたしがいた世界よりずっと星が綺麗に見えるんだ。
 あ、でももしかして隣にジュダルちゃんがいるからそう見えるのかな」


きらきら、瞳の中で星が踊る。
細められた双眸が柔らかく笑みを象って、思わず目を奪われた。


「…鳥肌たった」

「ふは、ひどいなぁジュダルちゃんは」


その優しい空気に堪えられなくなって、誤魔化すようにそう返した。
こいつといるといつもの調子が出ない。彼女の持つ独特の雰囲気がそうさせているのだろう、上手く丸め込まれている気がする。
その不思議な感覚にどう名前をつけたらいいかわからなくて、対処法もさっぱりわからない。
でもなんとなく、いつか時がくれば俺も納得いくような答えが見付かると、ただただそう思った。

星空を閉じ込めたように光る彼女の瞳を真っ直ぐに見詰めれば、小さく開いた口からふふ、と笑い声が洩れる。



「ジュダルちゃんの瞳、星がたくさん集まってるね」



そんな顔で笑うな。頭撫でるのやめろ。そんなこと俺以外にするんじゃねぇ。
矛盾した想いが胸の中で喧嘩をおっ始める。
何も言えずにされるがままにしていたら、満足したのか髪に触れていたなまえの手が遠ざかった。
その体温が少しだけ名残惜しい気がするけれど、今の俺には何も言えない。


ぽつぽつと消え始めた眼下の灯りに、ゆっくりと動かしていた絨毯を反転させて王宮の方へと向けた。
最後まで楽しんでいたいのか、なまえが空を仰いで星空をその目に焼き付ける。
ふたりの間に言葉は無かったけれど、それがなんだか心地よくて、なまえと同じように空を仰いだ。
でも煌びやかな星空は俺には未だ眩しくて、すぐに飽きて目を伏せる。


星をそのまま見ているより、こいつの瞳を見ているほうが、ずっと、



「また乗せてね」

「 気が向いたらな、」



(綺麗だ、なんて簡単に言えない。)

 
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