05



ちらちらと足元を照らすルフに先導されて、長い長い廊下を歩く。
誰もが寝床に入り、昼間の賑やかさを忘れたように静まり返る王宮に、自分の鳴らす靴の音だけが反響していた。
羽ばたきの音が小さくなったところで立ち止まって顔を上げれば、ひとつの扉の前にたくさんの鳥達が集まっている。


「(ここは…)」


緑射塔の中にあるそこは、日の沈む前に訪れたばかりの部屋。
人の気配はあるが動いているようには感じられない。おそらくもう寝てしまっているのだろう。
促されるまま把手を引いて扉を開くと、夕刻見た時となんら変わりない室内。
ただひとつ違うのは、ベッドの膨らみと、その周りを飛び回る無数の鳥達の存在だけ。
コツ、コツ、と小さな音を響かせながら、ルフの集まる方へ向かう。



「…!?」


ベッドに横たわるその姿に、愕然とした。

飛び回るルフが彼女に触れる度、柔らかそうな髪がその色を変えていく。昼間に見た色とは違う、まるで星屑を集めたように輝く、銀色。
は、としてルフを払おうとしたその時にはもう手遅れで。月の光に輝く髪は、すっかり元の色を失くしていた。



「一体、どういうことなんだ…」


困惑と共に零れた言葉は、ひんやりとした夜の空気に紛れて消えた。
問いかけに返答はない。楽しそうに飛び回るルフ達の羽ばたきだけが、室内に木霊していた。

戸惑いながらも伸ばした腕が彼女に触れようとした、その時。

ぶわ、と指先から光が溢れて、頭に映像が流れ込んで来る。
途切れ途切れに映されるのは見たこともないような建物、街並み、動植物たち。
その景色達に混ざって見付けたのは、何処かで見掛けた面影を持つ幼い少女の姿。




「なまえ…?」


覚えたばかりの単語を呟けば、彼女によく似た幼い影が振り返る。
今より短い髪をした少女は、俺の呼び掛けに驚くくらい柔らかく微笑んだ。
ああ、その笑顔は彼女のものだと、なんとなく思った。


少女がまた背を向け景色に溶け込むと、 ぱ、と場面が切り替わる。


座り込む彼女と、俺の周りを包むのは、赤い紅い、炎。
肺になだれ込む黒い煙と目を焼き付ける程の熱と、傍観を決め込む暗い夜空。
それと、彼女の前には投げ出された二人分の肢体。流れる血が炎に照らされて、不気味にてらてらと光る。

生唾を飲み込んだ喉が、ごくりと大きく鳴った。
急激な変化に頭がついていかない。
ぎこちなく足を動かして近付いて泣き叫ぶ少女に手を伸ばす。
炎は熱くないのに、煙は体をすり抜けるのに、彼女の体温は感じることができた。



「ぱぱ、まま…」



涙に濡れたふたつの瞳を覆い隠す。
止めどなく流れる温かい雫が掌を濡らした。



おそらくこれは、彼女の「記憶」
横たわるのは彼女の両親。
この場に何が起こったのかまではわからないが、相当量の煙と炎にから憶測するに、爆発か何かだろう。
「それ」から彼女はふたりに守られて、ふたりは命を賭して、彼女を守った。


ぎり、と奥歯を噛み締める。
嗚咽にむせ返る彼女の体を抱きしめると、小さな手が白む程力一杯袖を掴まれる。


「もう、大丈夫、だから…」


横たわる彼等をしっかりと見据える。
貴方達が命を懸けて守ったこの小さな命を、その意思を、引き継ぎたい。気付けばそう、言葉に出していた。
閉ざされた瞼の裏の、今はもう光を写すことも出来なくなったその双眸に誓う。
―彼等に比べたら、少し頼りないかも知れないが―


「この命を、私に…預けてください」








もぞ、と寝台に寝転ぶ彼女が身じろぐ。
いつの間にか握られていた手に、意識を引き戻される。
その掌から温かい体温が伝わって来ることに、酷く、安心した。


不可抗力とはいえ、他人の過去を垣間見てしまったことに多少なり罪悪感は残ったが、得られたものは大きかった。
ひとつは、彼女が本当に違う世界から来たのだという確信。
そしてもうひとつ。彼女が両親を亡くしているということ。


はぁ、と重苦しい溜め息が出て、疲れが押し寄せてくる。

彼女の、人の顔色を窺うような癖。
なんとなく思っていたことに理由が付いて、確かなものに変わっていく。
どうしてこうも自分の周りには厄介な問題を抱えた者が集まるのかと、頭を抱えずにはいられなかった。


「まぁ、これもひとつの巡り会わせだ」


開き直ると何事も、思っていたよりすんなりと受け止められるものだ。
繋いだその手を離さないように、そっと屈んで額に寄せる。


「これからの君の世界に幸多からんことを」



空に浮かぶ繊月が微笑んで、静かに彼女を照らしていた。

(120623)
 
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