03



結構な決意をして口を開いたはずだったのだけれど、その言葉はすんなりと形になった。口に出してみてやっと、気持ちに整理がついたみたいだった。
開け放たれた窓から吹き込んだ風は、爽やかでどこか懐かしい、夏のにおいがした。



「違う、世界、から…」


訪れた長い沈黙の後、最初に声を発したのは、先程シンと呼ばれていた黒髪の人だった。
伏せていた瞳が向けられる。
光を宿したその金色はまるで宝石のように輝いていた。
その実直な眼差しに応えるように、わたしも真っ直ぐに彼の瞳を見詰める。
数秒の間があって彼はひとつ頷き、口元に笑みを浮かべた。


「知らない環境、知らない人間に囲まれて、さぞ怖い思いをしただろう」


事の成り行きをただただ見守っていた銀髪の彼が顔をしかめる。言葉の続きがわかってしまったのかもしれない。そしてその言葉が、わたしにとっては良いものでも、彼にとってはあまりよろしくないものだってことも。


「でも、俺の元に来たからにはこの先何一つ不自由はさせないと、ここに誓おう」

「ちょっとシン!あなた何を…!」

「自分の言葉を覆すつもりはない。
 彼女はここで保護する」


出て来た言葉が予想以上のものだったのか、銀髪の人がこれでもかと目を剥いた。ぱくぱくと何か言いたそうに口を開閉させている。
かくいうわたしも、彼の発言には衝撃を受けていた。開きっ話しだった瞳が乾いて、何度も瞬きをしてしまう。
そんな中一人、長い足を優雅に組み替えた彼、シンさんだけが終始笑顔を浮かべていた。


「さて、ともなれば自己紹介からだな。
 俺はシンドバッド。君の名は?」

「あ、えと、みょうじなまえと、言います…」

「なまえ、か、良い名じゃないか。
 ああ、こいつはジャーファルと言って、公務を取り仕切る俺の部下だ」

「はぁ…シン、あなたまた余計な仕事を増やして…」


他人が見てもわかるくらいうんざり、と言った表情で溜め息を吐き出す、銀髪の彼、ジャーファルさん。
背を正してこちらに向き直ると、先程は失礼致しました、と手を合わせて頭を下げる。
謝られたことに驚いて思わず肩を強張らせながら、こちらこそ、すみません、となんとか声を絞り出した。

シンドバッドさんの言葉はとても有り難い。だけど、先程まで尋問紛いの事をしていた相手にする提案にしては、些か腑に落ちない部分が多い。
これ以上何があるのかとぐるぐると思考を巡らせていると、凛とした声がわたしの名前を呼ぶ。


「君が俺達やこの国にどんな影響を与えるのか、今の俺にはまだ測りかねる」

「正直なところ、保護は名目。良くも悪くも君を此処から出すわけにはいかない、ということだ」


至誠の色を湛えた金色の瞳は、ひたすら真っ直ぐにわたしを見ていた。
自分はそんなたいそうな人間ではない、と伝えようとする言葉を飲み込んだ。
これだけは言葉だけでは足りない。伝えきれないのだと、どこかで気が付いていた。
何より、監視が必要な対象であるわたしに不自由はさせない、とまで言ってくれた彼に失礼だと思った。


「ご迷惑、お掛けします」


無意識に言葉が零れて、体が思考に追い付いてから、深々と頭を下げた。
自然と、あまり怖くはなかった。
彼等の雰囲気がそうさせたのだと思う。
わたしよりも苦しそうな、難しい表情を隠しもせずに見せてくれる彼は、きっととても優しい。


「君は、強いね」


小さく吐露された言葉に思わず苦笑いが浮かぶ。
彼も困ったように笑って、長めの前髪を掻き上げた。


「なんにせよ保護すると言ったのはこちらだからな、少しずつでも君の事を知っていきたいと思っている」

「そうですね、言い出しっぺはシンですから、溜まっている仕事ごと全部あなたに押し付けることにしましょう」

「…手厳しいな」


わざとらしい溜め息が大きく室内に響いて、場の空気が柔らかくなった。
そのやりとりに少しだけ頬が緩んでしまう。
改めて、我が国へようこそ。きりりとした眉が穏やかにたわめられる。
綺麗な指先が伸ばされて、唐突にわたしの両手を包み込んだ。
声や仕種もそうだったけれど、この人は、体温までも、こんなに優しい。
人の温もりに触れて、やっとわたしの体にも体温が戻ってきた、そんな感覚がする。



「あ、れ、…?我が、国?」

「ん?俺がこの国の王だからな、我が国、シンドリアだ、良いところだぞ」


さっきまでと同じ、爽やかな笑顔のはずなのだけれど、その事実を知った途端全く違うものに見えるから不思議だ。
とんでもない人と会話してしまった。
心なしか彼の背に後光が差してるようにさえ見えて、わたしはまた意識を手放しかけた。

 
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