ぱたぱた駆け足で人混みを抜ける。

早く帰って彼にこれを届けなければ。

抱え込んだ袋の中にはころころと揺れる玉ねぎ。


今日は肉じゃがですよ!と張り切った声の後、手際良く刻まれていく材料の中に玉ねぎがないと気付いたのはわたしだった。
呟いてはたと見つめた先で、どうしましょうか、なんて困り顔をされてしまったが最後、気付いたら財布を握り締めて彼の家を飛び出していた。

なんといっても今日は特別な日。
家に篭りがちな彼に友達が出来たと聞いてから数日、今日はそのお友達を家にご招待したのだそう。
もてなしの料理を作る彼の表情は本当に穏やかで、優しくて。
あぁきっと大切なお友達なんだな、って思ったら、彼の作る美味しい料理を、完璧な形で食べてもらいたくなった。


「(きっと、その人も喜んでくれると思うんです)」


その人がどんな人なのか、全く知らされていなかったけれど。彼のお友達なんだ、きっと素敵な人に違いない。
期待に胸を膨らませ、すいすいと人混みを掻き分けていく。



あと少し、 そう思ったとき、不意に目の前に現れた人影。


危ない、と言うより先にその人影へぶつかってしまった。
手元を離れ転がる玉ねぎ。
次に来るであろう体への衝撃にぎゅ、と強く目を閉じる。


でも、いつまで経っても体は痛くならなくて。それどころか体が傾くあの不思議な浮遊感すらなくて、そこでやっと誰かに支えてもらっているのだと気が付いた。

おそるおそる目を開けると、
心配そうにわたしの顔を覗き込む空色の瞳とぶつかる。



「、大丈夫か?」



聞きなれた彼のそれより幾分低い声。それにこの人は黒髪ではなくて、綺麗な金色の髪をしている。
目を丸くして見とれていると、目の前の人は小さく首を傾げた。


は、と我に返りやっとのことで現状を理解する。
あわあわとその腕から抜け出し深々と頭を下げた。


「すっ、すみません、急いでいたもので…」

「いや、こちらこそ、悪かったな」


その受け答えから、怖い人でなくて良かった、とほっと胸を撫で下ろす。
そうこうしているうちに彼は転がった玉ねぎを拾い集め、胸元の袋に返してくれた。
なんて優しい人なんだろうか。ぶつかったことを心底申し訳なく思い、罪悪感が込み上げてくる。


もう一度謝ろうと頭を下げかけた時、ふと彼の手が肩に触れた。

突然のことに驚いて彼を見上げると、彼も驚いたのか、その手は慌てたように引っ込んだ。



「あ、す、すまない、驚かせてしまったか、」

「いえ、だ、大丈夫です」

「日本の謝罪の仕方にはどうにも慣れなくてな…そう何度も頭を下げられると、こう…なんだか申し訳なくなってしまって」



懸命に言葉探すその人を見ていると、先程までの警戒心が薄れ、段々と親近感に変わっていくのが手に取るようにわかった。

この人が彼のお友達なら良いのに。

そんなことを心の片隅で思い描いていると、自然と口が言葉を紡いでいた。


「お名前は、なんと仰るのですか、?」


今度は向こうが目を丸くする番だった。
さっきまで日本語を話していたんだ、わからないはずはないとも思ったが、英語で言い直したほうが良いかと口を開くと、大丈夫だ、ちゃんと伝わっている、と、短く返された。



「ルートヴィッヒだ」

「るーとびっひ、さん」

「…言い辛いのならルートで良い」



拙い発音に彼は、ルートさんは小さく噴き出し、次いで軽く微笑んだ。
どきりとひとつ高鳴った心臓。

(え、あ、 なんで、今、…どきって、したんだろ…?)

恥ずかしいわけでもないのに、と首を傾げていると、再び頭上から声が降ってくる。



「そうだ、急いでいたんじゃないのか?」

「あっ!そうでした、おじいちゃんに玉ねぎを届けないと、!」

「次はぶつからないようにな、」

「はい、 あ、 えっと、 ありがとうございました」



何に対してのありがとうなのか、自分でもよく分からなかったけれど、ルートさんがまた優しく笑ってくれたから、きっとそれで正解だったんだと思う。


お互い背を向けて歩いていく。

また会えたら良いな、 と、頬を緩ませたまま家の前の角を曲がる。



彼に触れられた肩が、まだ柔らかく熱を持っていた。


頬は恋色に染まる
(…頬が赤いようですが、どうかしましたか?)
(う、ううん、なんでもないの!)


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