06



数日前、彼にかかってきた電話は間違いなく、わたしの幼馴染からのものだった。
なんでレンくんに電話がかかってきたのかとか、彼と知り合いなのかとか、聞きたいことはたくさんあったのだけれど、どうやらそれは向こうも同じようだった。
結局その場では話がまとまらなくて、今度の休みに会う約束だけ取り付けて、会話終了。

電話を切ってもなお静かに寝息を立てているレンくんには大変申し訳なかったのだけれど、幼馴染とののやりとりは黙っておくことにした。
都合よく彼が電話のことを忘れていますように、と祈りながら。

なんだかややこしくなりそうな気がする。
幼馴染の彼の性質からして質問攻めにあうことは用意に想像がついてしまう。
無意識に重苦しい溜め息が出て、夜闇に溶けた。




「ただいま…」


静まり返った部屋の中に呟きが響く。
廊下の明かりを付けると、思ったとおりリビングの扉は開けっ放しだった。
またか、と小さく呟いて、ひんやりとした室内に足を踏み入れる。


「…こんなところで寝たら風邪ひくから、ってあれほど言ったのに…」


ソファーに寝そべって寝息を立てる彼を見るのは、今週何回目だろうか。

合鍵を渡した次の日から、彼がどこかに出掛けているのは知っていた。
だけどわたしが帰るころにはちゃんと家に居たし、家事もご飯も今まで通りだった。
それが最近になって、帰る時間が遅くなったり、時には一晩帰って来なかったりする日が出来るようになった。
どこに行っているのかはさっぱりわからなかったけれど、まだ彼の居場所はここにあるらしい。
彼がいない期間が2日と空くことはなかった。

テーブルに散らばるペンを隅に追いやって、何を調べていたのやら、すっかり電源の落ちている電子辞書を元の位置に片付ける。
開きっ放しになっていた冊子には少しだけ見覚えがあったのだけれど、なんとなく見ない振りをして小さなペンケースを重ねておいた。

ここまでそれなりに音を立てて片付けたつもりだったが、彼が目を覚ます気配は一向にない。
気持ちよさそう、とまではいかないにしろ、穏やかに寝息を立てている人を無理やり起こすのは良心が痛む。
小さく唸って、しょうがないかと零し、キッチンへ立った。
冷蔵庫の中にはしっかりと食材が詰め込まれていて、改めて彼の存在に感謝した。


「(と、その前にお風呂か…)」





こんなチャンスはめったにない、とここぞとばかりに彼の整った顔を見詰めていたら、不意打ちもいいことに突然ぱちりとその目が開いた。
わ、と声を上げて飛び退くのだけれど、レンくんはぼんやりとした瞳で瞬きを繰り返すだけ。
たぶんこれまだ寝ぼけてるんだろうな。
そんな仕草がちょっとだけ可愛く思えて、ちょっとだけ噴き出してしまった。


「れでぃ、髪が、」

「あ、うん、レンくんが寝てる間にお風呂入って来ちゃったんだ」

「寝て、 あ、夕食、!」

「まぁまぁそう慌てないで、もう準備は整ってるんだから、」


濡れた髪をタオルで乾かしながら、堪え切れなかった笑みを口元に浮かべてキッチンの方へと目配せする。
思考が追い付いていないのかレンくんは怪訝そうにこちらを見た後、キッチンのテーブルを見て目を丸くした。


「たまにはわたしがやってもいいかなって、オムライス作ってみた!
 レンくんみたいに上手じゃないけど」


彼の作る料理には到底適わないのだけれど、簡単なものならわたしにだって作れる。
数少ないレパートリーの中で一番手軽で得意なものをチョイスしたのだから、味はもちろん見た目も悪くないはず。

あったかいうちに一緒に食べよう?
きょとんとした表情の彼の手を取ってキッチンのイスに座らせる。
いただきます、と手を合わせてみれば、やっと覚醒したのか彼も同じように手を合わせた。
ゆっくりとした動作で口元に運ばれるスプーンに盗み見ながら、柄にもなく緊張してそわそわしている自分に気がついた。


「…おい、しい、…」

「、あ、よ、かったぁ…
 人に食べてもらうのなんて久しぶりだから…緊張した、」


ふうと大げさに胸を撫で下ろすと目の前で彼がふわりと笑って、どきりとした。
レンくんは時々こうして無邪気な、屈託のないく笑みを向けてくる。
その笑顔を見る度、その回数が増えるたび、なんともいえないくすぐったい気持ちが胸を温めていく。
そんな思いを悟られまいと、誤魔化すみたいにひとつ咳払いをして、スプーンを握り直す。



「洗い物はレンくんにお任せするから」

「もちろん、仰せのままに、」


ひとくち口に含めば卵がとろけて思わず頬が緩む。
料理を振舞うことが、誰かと一緒に暖かいご飯を食べることがこんなに楽しいと思い出させてくれたのは、紛れもなく彼だった。

唐突な出会いと穏やかな日常の中で、段々とレンくんという存在が大切なものに変わっていく。
曖昧なこの関係が少しでも長く続けばいいのに、と思い始めた、暖かい春の夜。

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