夕暮れを告げるひんやりとした風が、静かに彼の髪を揺らす。
毛利さん、と小さく呼び掛けた声は、彼には届かず畳の上に落ちた。

微動だにせず身体を横たえるその姿はまるで物言わぬ死人の様。
そんなこと起きてる時に言おうものなら、多分この人は冷ややかな視線ひとつで私を黙らせてしまうんだろうけど。


「毛利さん、寝てるんですか?」


もう一度、今度は先程よりもはっきりと問い掛けてみる。当然のことのように返事は寝息で返ってきた。
普段から隙の一切を見せない彼が自室とはいえ人の気配にも気付かずに眠りこけているなんて。珍しいことこの上ない。

畳の上に膝を突いて、そっと薄い胸に手を沿える。
僅かに上下する動作、掌から伝わる体温と鼓動に、少しだけ、ほんの少しだけ安心した。


「畳の上でひとりひっそりと、なんて悪い冗談
 そんなこと私、絶対に許しませんから」

胸元に額を寄せて呟く。聴こえるはずのない言葉にも関わらず、紡いだ声には力が入ってしまった。

貴方にはどうか、貴方の焦がれるあの日輪のように、その身尽きるまで心を燃やし、民や國を照らし続けて欲しい。そしていつかのその時は、どうか、私を傍に置いていて欲しい。

じわ、と目の奥が熱くなって瞼を伏せる。
濃紺の闇が黄昏を飲み込んで、足音も立てずに夜を連れて来る。
それを見て、ただ少し不安になってしまっただけ。貴方もいつかあの闇に飲み込まれてしまうのかもしれないと、少し、怖くなっただけ。

体温の低い身体に身を寄せて、瞼に触れるだけの口付けを贈る。
輪郭を確かめるように頬を撫でたら、零れた涙が彼の目尻に落ちて、こめかみへと伝う。
逃げるように胸元に顔を埋めて、手触りの良い羽織りをぎゅう、と掴んだ。
私じゃなくて毛利さんが泣いてるみたいだね。呟いた声は震えていた。



「泣いているのは貴様の方だろう」



不意に降ってきた低い声。
なんとなくだけどそんな気はしていたので、私は驚く事もなく頭を横に振った。
いつから起きてたんですか。端から寝ていない。…毛利さんもなかなか意地が悪いなぁ。
とくとくと響く心音が心地好い。この人は私を置いていったりしない、そう言ってくれてるみたいだった。


「ひとりでどっか行っちゃ嫌ですよ」

「…要らぬ憂事を考えつくものだ
 よほど時間を持て余していると見える」

「…もうりさ

「案ずるまでもないな
 我の帰る場所など此処以外にありはしない」


ぼろ、と零れた雫が服に落ちたけど、毛利さんは何も言わずにいてくれた。
いつの間にか背中に置かれていた手が、じわじわと彼の体温を私に伝える。
それがあまりにも優しくて、温かくて。
どうせならこのままその温度に溶けて、彼の一部になってしまいたいと、思った。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -