部屋を暖かく保つ為の空調の音だけが、部屋の中に響いている。ゆっくりと上下する胸元には見慣れないネックレスが揺れていた。たしか、学校のお友達からのプレゼントとか言っていたような。
誕生日当日である14日の昨日は、お家の誕生パーティーやらお友達との約束があるからと彼は一日忙しく駆けずり回っていた。
幸いな事にわたしは前々から申請してあった休日がまとまって取れて、今日はその二日目。
普段忙しい彼もこの二日間だけは、と休みを申し立てたらしい。

疲れているのはわかっていたのだけれど、何分時間が限られている。張り切って作った朝食が冷めてしまわないうちに、と無謀にも叩き起こしたのが40分くらい前。
そして寝惚け眼の彼に、昨日祝ってあげられなかった分、わたしに出来ることは何でもしてあげたい!と意気揚々と宣言したのは、つい30分前のこと。


「ご飯、冷めちゃいますよー…」


小さく呟いた声は空調の音に邪魔されて彼に届くことなく消えていった。どうしたものかと少し考えて、まぁいいかと天井を仰いだ。
起こしてしまったことに多少なりとも罪悪感はあったので、これはこれで仕方ないか、と溜め息を飲み込んだ。

高らかに宣言した言葉に返ってきた要望はとても簡単なもので。それなら膝枕してよ、とあくび混じりの声で言われたと思えば、あれよあれよと言う間にこの体勢になってしまった。
まぁ、ソファーに背を預けている分、楽と言えば楽なのだが。

触っているうちに見付けてしまった枝毛をどう退治しようかと考えあぐねていると膝の上で彼が身じろいだ。
するりと指先から逃げていった枝毛にあ、と声を洩らすとなまえ…、と掠れた声がわたしを呼ぶ。


「やっと起きました?」

「んー…まだ起きたくない…」


彼が猫だったら多分ごろごろと喉を鳴らしているんだろうな。しっかりと腰に腕を回して、子供のようにお腹のあたりに頬を摺り寄せてくる。
それがくすぐったくてふふ、と笑うとどうして笑ってるの?、と少しだけ拗ねた様な声が聴こえた。


「小さい子供みたいです、」

「ふあ、あ…たまには、いいでしょ?こんな俺も、」


大きなあくびをしながら体を少し起こして、また仰向けになるように腿に頭を乗せる。
さっきよりもだいぶ目が覚めてきたのか瞬きをする回数が減ってきた。相変わらず瞼は重いみたいだけど。
逃げていった枝毛をもう一回探し出す為にさわさわと髪を掬い上げると今度は彼が声を洩らして笑った。くすぐったい、って。
探し当てたら抜くか切るかの選択肢を彼に委ねることにしよう。と言っても切る方を選んだら必然的に彼は起きざるを得ない。抜く、に軍配が上がるのは目に見えている。

しばらくされるがままになっていた彼が、ゆっくりと手を伸ばしてわたしの髪を撫でた。同じ匂いがするね、と呟いた言葉になんだか恥ずかしくなって頬に熱が集まる。
しばらくそうして静かな時を過ごしていたのだけれど、不意に彼の視線がキッチンへと向いた。


「…もしかして朝食作ってくれてた?」

「もうブランチになっちゃいましたけどね、温め直しましょうか」


すまなそうに眉を下げる彼にもちろん冷めても美味しいですよ、って悪戯っぽく言えば、その表情が少し和らいだ。
椅子に掛けてあったブランケットを、冬でも薄着な彼の肩に掛けてキッチンへと向かう。その後を追うようにのろのろと足音が付いてくる。今日の彼は少し甘えたさんかもしれない。

スープのお鍋に火をつけて火加減を調節していると、ぽすんと肩に彼の額が乗せられる。お暇ならおたまを取ってくださいな、と言えば顔を伏せたまま手探りでおたまを見付けてわたしの手に握らせる。普段は年下ということを忘れがちだけれど、こういうときは本当に歳相応で可愛いなぁと思う。


「寒くないですか?テーブルの方行ってて良いんですよ?」


そう提案しても肩に乗せられた頭を横に振るだけで一向に動く気配はない。と言ってもわたしが移動すると、それを追ってぺたぺたと足音をさせてくっついてくる。
確かにくっついてれば寒くは無いですね、とこつんと頭を傾ければ肯定するように大きく頷きが返ってきた。


そんな彼も遅めの朝食を摂り終える頃にはすっかりいつものペースに戻っていた。
今日はどこへ行こうか、何をしようか、楽しそうに目を輝かせる姿に胸の奥がぽかぽかと暖かくなった。疲れているだろうから休ませてあげた方がいいかな、という心配は取り越し苦労だったみたい。
今から出掛けるとしたら近場でショッピングになるだろうな、と思い立ったところで大事なものを忘れていたことに気が付いた。

不思議そうに首を傾げる彼をその場に残して一度寝室に引っ込む。
こそこそと持ち出してきたのは小さめの包み。自分でもわくわくしながらテーブルに近付いて、彼の隣ではい、とそれを差し出した。


「近所の手芸屋さんに行ったら手作りキットみたいなのが置いてあったんです。
 簡単なものだけど、世界にたったひとつのプレゼントですよ」


手先が器用でないのは前々からわかっていたことだったのだけれど、どうしても手作りのものをプレゼントしたくて家にあったはぎれで何度も練習を重ねた。売っているものに比べたら見劣りしてしまうかもしれないけれど、それなりに上手く出来たと思う。
色味を抑えたチェックのストールとループタイ。止め具のシルバーの部分までしっかり手作り。
包みを開けて感嘆の声を洩らす彼に誇らしげにしていれば、ありがとう、嬉しいよとふにゃりと笑われる。
いつもの気を張って作る笑顔とは違う表情にまた胸がぽかぽかと温まる。頑張って作って良かったと心底思った。


「お誕生日おめでとうございます
 あと、レンくんを産んでくれたお母さんと、育ててくれたお父さんにも、本当に感謝してます」

「なまえ、…」

「一日遅れちゃったけど、想いの深さは変わりませんから」


泣き出しそうに眉を歪める彼をめいっぱいぎゅーっと抱き締める。ありがとう、って何度も呟く声は弱々しかった。
とんとんと宥めるみたいにその背中を一定のリズムで叩く。ああ、やっぱり年下なんだなぁ、って、思った。


「レンくん、これはちょっとしたおまけなんですけど」


少しだけ体を離して、少し屈んで立っているわたしと椅子に座ったままの彼の視線が同じ高さで交わる。いつもは見上げるばかりで届かない身長差も、こうすればわたしの方が高い。
前髪をくしゃりと掻き上げて、その額に軽く口付けを送る。まあるく見開かれた瞳の上の瞼にも、同じように唇を落として。


「わたしもプレゼントに含まれますので、良ければもらってもらえますか?」


照れてしまって変に声が小さくなってしまったけれど、ちゃんと彼には届いているはず。
細身の箱を握り締めたまま背中に回された腕が、静かにわたしを包み込んだ。



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愛梨さま!

企画参加ありがとうございます!
うわああ短編の感想まで頂いてしまって…本当に嬉しいですありがとうございます…!
スイートバスルーム・マジックはもうほんとわたしの願望をそのまま押し込んだみたいなただの私得でしかない作品だと思っていたのでそう言っていただけると嬉しいです…!レン様と同じシャンプー使いたいのはわたしですすみません←

レンさんをべったべたに甘やかそう!と思い立ったはいいんですが要望に副えているのか些か不安なところです…(笑)

(稲村)

title:誰そ彼

 
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