シャンデリアの装飾が光を反射してきらきらと光る。ぼうっとそれを眺めていると不意にすみません、と声が掛かった。慌てて姿勢を正してただいま!と声の方へと向かう。

現在、坊ちゃんの誕生日パーティーの真っ最中です。



なるべく足を引っ張らないように気を付けながら、他の使用人の皆さんと同じようにホールを歩き回る。声を掛けられれば内容を聞き、それに応じたサービスをご提供する。ご要望と言っても飲み物や食べ物の配膳が殆どなのだけれど。
普段との大きな違いは相手が神宮寺家の方ではないこと。なんといっても今日は神宮寺家三男であるレン様のお誕生日なのだから、招待されているお客様はかなり多い。お兄様達に負けず劣らず坊ちゃんも顔が広いため、必然的に招待状も多くなるというわけだ。
その誕生日パーティーの主役である坊ちゃんは、たくさんのゲスト様に囲まれてひっぱりだこ。周りが静かだったのは最初のスピーチの時だけで、それが終われば彼の姿なんてすぐに見えなくなった。

お祝いの言葉が飛び交うホールの壁際に立って、やっと一息。
お開きの時間も近付いている為、料理を頼まれるゲストの方も少なくなってきた。
さっきまでわんさかいた使用人の数もかなり減った。多分裏で片づけを始めているのだろう。わたしは最後まで残ってくれと言われていたので、そのまま。ちらちらと場内に目配せしながら背筋を伸ばした。
少しだけ膨らんだ制服のポケットには、ささやかながらも日頃の感謝の気持ちを込めたプレゼントが入ったまま。朝から何度かチャンスはあったものの、タイミングを見誤ってそれは未だに坊ちゃんの手には渡っておらず、静かにその時を待っている。
この場で渡すことなどもってのほか。今日中になんとか渡せたら良いのだけれど、果たしてそんな時間があるのだろうか。坊ちゃんは未だに大きな人の輪の中だった。



「なまえさん?」


突然呼ばれた名前に、少し大袈裟に肩を震わせてしまう。ぱ、とそちらに顔を向けると、わたしの反応を見てくすくすと笑っている…ゲストの方、でしょうか。
は、はい、とどもりながらも返事を返すと彼は柔和に笑みを作ってお久しぶりです、と続けた。
はて、わたしは彼とどこかで出会ったことがあるのだろうか。自分の記憶力のなさは自負しているけれど、坊ちゃんと関わりのある方の名前を忘れてしまうとは本当に情けない。曖昧に笑顔を返しながら記憶をひっくり返して彼の名前を探した。


「また会えてよかった、この前は上のお兄さんの誕生会でお会いしましたよね」

「そっ そうでしたよね、その後お変わりありませんでしょうか」

「もちろんです。なまえさんも元気そうでなにより」

「気に掛けて頂き有難う御座います。レン様とはもうお話しになられましたか?」

「いや?彼は人気者だからね、私なんか話し掛ける隙もないよ」


はは、と小さく笑いながらつぶさに人垣へと視線を投げる。それに倣って顔を向ければ、僅かに飛び出した橙の髪が見えた。きっとあの中に坊ちゃんがいるんだろう。
そんなことより、早く彼の名前を思い出さなければ。なにかあってからでは遅い。わたしの所為で坊ちゃんに、いや、神宮寺家の顔に泥を塗る、なんてことがあっては一大事だ。
うーんうーん、と彼に聴こえないように口の中で唸り声を咬み殺した。一度記憶を整理した方がいい気がする。お水でもお持ちしましょうか、と声を掛けようと顔を上げた瞬間、妙に真剣な瞳とかち合った。


「なまえさん、この後って時間、空いてる?
 ちょっと大事な話があるんだけど、」


ぴし、と体が硬直する。だいじな、はなし?どうしようそれってレン様のお仕事に関わる事だったりして。相手の名前も職業も思い出せない今、"大事な話"をされてきちんと理解することが出来るだろうか。なんということ。日頃の勉強を怠るからそういう事になるんだ、とどこからか円城寺様の声が聴こえた気がした。
ぐるぐると思考が渦巻いて直ぐに言葉が出てこない。大丈夫?急すぎたかな、と困ったように言う彼に申し訳なくて更に言葉に詰まってしまう。あの、えっと、と身振り手振りがどんどん大きくなって、これじゃあどこからどう見ても不審者だ。
もう観念して名前を伺ってしまおうか。坊ちゃんには後で謝っておかないとな、と半ば涙目になりながら深く頭を下げた時、突然床に影が落ちる。


「何、してるんですか」


あれ、この光景何処かで見たような。目の前にはわたしを隠すように佇む坊ちゃんの背中。ああ、こないだトキヤくんと会った時と同じ、って、分析している場合ではないですね。後ろから坊ちゃん、と小さく声を掛ければ空色が一度だけこちらを振り向いて、また前に向き直る。


「いくら貴方にでもうちの使用人は差し上げられませんよ」

「やだなぁレン君、そんな怖い顔しなくても攫って行ったりしないよ!
 ただちょっとだけ、彼女と仕事の話をしたいだけなんだ」

「仕事の話ならこいつよりジョージの方が手っ取り早いのでそちらにお願いします。では、」


笑顔で淡々と言葉を並べる坊ちゃんにおお、と場違いながら感動してしまう。言葉通りさっと現れた円城寺様にも驚いたけれど。
いつの間にかお開きになっていた会場の入り口は、帰り支度を始めたゲストの人だかりでごった返していた。
坊ちゃんに手を引かれてそれとは反対方向、ステージの横の大きな硝子戸を開けてバルコニーへと引っ張られる。
吐く息は白くて肌寒い。上着を羽織っていない坊ちゃんに気が付いて上着を、と言ったらいいから、と返された。
ふ、と手を離した坊ちゃんはシンプルな装飾の施された柵に寄り掛かって重苦しい溜め息を吐く。う…もしかしてお見通しだったのでしょうか。罪悪感にどうしても俯いてしまう。


「こないだも言っただろう?あの人はいい人だけど、ちょっと厄介だって」

「は、はい、すみません」

「目を離すとすぐこれだ…」


目を離すと厄介ごとに巻き込まれる使用人ってどうなんだろうか。自分でも自分が情けない。返す言葉なんて到底見付からなくて更に項垂れる。ポケットに入った包みがかさりと音を立てた。
その音には、として顔を上げる。すごく重苦しい雰囲気なのだけれどこの際文句は言ってられない。早くしないと今日が終わってしまう。
それでも中々言い出せずにポケットに触れてはまた背中で手を組んで、と軽く挙動不審。しばらくの沈黙が続いたところで寒さにぶるりと身が震えた。早く坊ちゃんを暖かい室内に戻して差し上げないと…!
意を決してポケットから綺麗にラッピングされた包みを取り出す。静かに彼の隣に歩み寄っておずおずとそれを差し出した。


「ぼ、坊ちゃん、今これを言うのはとてもおかしいかもしれないんですが…
 お誕生日、おめでとう、ございます」


ついと向けられた視線が手の中の包みで止まる。僅かに空色が見開かれて、眉間の皺が姿を消した。
中身はなんてことないただのネクタイピンなのだけれど、実は少し奮発してオーダーメイドしてもらった特注品。裏に名前が彫ってある、正真正銘彼だけに作られた物。
それでも坊ちゃんにとっては取るに足らないものだろう。きっとホールに重ねられた箱の中にはこれよりずっといい物が入っているに違いない。
大したものではないのですが、と念を押してずいと前に差し出す。ゆっくりと伸ばされた手がわたしの手の中の包みに触れた。
オレンジ色のリボンが掛かったそれをまじまじと見詰めて、心地良い低音がありがとう、と空気を震わせた。
受け取ってもらえたことに安堵してほっと胸を撫で下ろす。その時僅かにホールからわたしを呼ぶ声が聴こえた気がした。まずい、仕事中だった。

主に頭を下げ、踵を返して中に戻ろうとするわたしに、制止の声が掛かる。それと同時に腕を引かれて体が傾いた。
よろけて転びそうになるわたしをすんなりと受け止めて一度、ぎゅう、と強く抱き締める。思考がついていかずにえ、え、と言葉にならない声を洩らしていると、頭のてっぺんに柔らかな体温を感じた。


「こっちのプレゼントが大したものじゃないならこれくらいもらわないとね、」


そう耳元に声を落としてあっさりと解放される。離れて見えた彼の表情は悪戯っ子の様な笑みを湛えていて、全てを理解したわたしの頬はその瞬間真っ赤に染まった。
ホールから痺れを切らしたような声が聴こえて慌てて返事をする。たのしそうにひらひらとオレンジの包みを揺らす主人を少しだけ恨めしく思いながら、足早にバルコニーを後にした。




----------------------


「で、結局あの方は…」

「テレビ番組の制作会社の社長だ、ってこないだも言わなかったか?」

「あーす、すみません…」

「大事な話、ってのは、庭にいる猫を是非出演させて欲しいってことだったらしい」

「えっ!?ま、まさかのクロさん…?」

「お前が中庭でクロと仲良くお話ししてたのを見られてたんだろうよ」

「えっ、そ、それは実に…はい…恥ずかしいです…」




----------------------
ちょこ★さま!

企画参加ありがとうございます!
連載番外編と言うことで…まさかわたしが番外編を書く事になるとは…憧れていた事が叶って感無量です…!(笑)
こんなわたしとサイトですが、これからも精進していきますので、どうぞよろしくお願い致します!

(稲村)

 
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -