05



「んん、…」


うっすらと意識が浮上して、散漫な動きで目蓋を上げる。
ふわふわとしたオレンジの髪が揺れて首や頬にかかる。少しくすぐったい。


「……!!!」


寝起きの鈍った思考能力では上手く言葉も出て来なかった。
逆にそれで何度も助かったというか、助かったのはわたしではなく彼なんだろうけど。

我が家の飼い猫は、今日も懲りずに主人のベッドに潜り込んだようです。






彼がうちに来てしばらく経つけれど、何度注意してもこれだけは直らない。
次からは気をつけるよ、とかなんでだめなんだい?とか色々言われて、結局はぐらかされて終わってしまう。
でも枕をふたりぶん用意するだとか、そういうのはなんだか腑に落ちなくて。
枕はいつもひとりぶん。
だからやたらと距離が近かったり、彼は枕を使わずに寝ていたりする。

ぼんやりとそんなことを考えながらそそくさと距離をとって、遠目から寝顔を眺める。
と言ってもうちのベッドはシングルサイズなのでたいした距離ではないのだが。
窮屈そうに丸まって寝息を立てる彼に、溜息をひとつ。

わたしもたいてい子供体温だけれども、彼も中々の高体温らしい。
傍で寝ているとぽかぽかと温かくて、また目蓋がとろんと下がってきそうになる。


「(いくら遅番とはいえこれから二度寝するわけには…)」


堪えきれないあくびを噛み殺して時計を見遣る。
二度寝するには少なくても、微睡む分にはまだまだ余裕のある時間帯。

いっそアラームをかけてもう少し寝てしまおうかと思った矢先、もぞもぞと目の前の体温が身動ぐ。
起きるかなと少し身構えて、牽制する為の言葉を考えていたのだけれど、彼は起きるどころかずりずりとシーツを引き摺ってこちらに向かってきた。
意識があるのか無意識なのか、こちらが壁際で逃げ道のないことを良い事にぴとりとくっついて、そのまままた寝息を立て始める。
多分暖をとりたかったのだろう、離れているのとくっついているのでは暖かさがまるで違う。


「か、わ、いい……」


その仕草に不覚にもきゅんとしてしまって、いやいやいや、と首を振る。
身長も高く体付きもしっかりしている人がやるからこそ可愛い行動、ってだけで、別に彼のことを可愛がっているわけでは…と誰に言うでもなく言い訳を並べた。

ずれた掛け布団と毛布を直してやりながら、ちらりと横目に寝顔を見る。
本当に綺麗な顔立ちをしているなと心底感動するのと同時に、少し羨ましくもあった。


「(話聴く限り相当遊んでるみたいだし…苦労なんて縁遠い生活してるんだろうな…)」


ただ、我が家にいる今は家事や炊事もこなしている分、おそらく他にいたときよりも仕事量は多いのだろう。
容姿や性格の魅力云々であまり褒められる事のない自分としては、それでも羨ましい限りなのだけれど。

少しだけ欠点をあげさせてもらうならば、彼には少し一般常識とはずれたところがある。あと寝起きが悪い。朝弱い。
クレジットカードの件といい、ご実家はきっと裕福家庭なんだろうと思う、所謂いいとこのお坊ちゃん。
でもそうすると、なんでこの人はいろんなところを転々としているんだろう。
そんな裕福な家庭なら、実家でぬくぬくとしていた方が何かと都合がいいと思うのに。

と、そこまできてなんだかばかばかしくなって考えるのをやめた。
彼は極端に自分の話をしたがらないから、実際はきっと何か彼なりの理由があってそうしているのだと思う。
憶測で物を考えるのは得意じゃない。想像するのは楽しいけど、自分の中だけに留めておこう。




時間がすすむのが遅い。
たまにはこういうまったりした時間もあってもいいなぁ、と思いながら大きくあくびをひとつ。
そうして目蓋を閉じかけたとき、突然鳴り出す着信音。
思わず飛び上がって、ばくばくと胸を打つ心臓を手で押さえながら、おそらく初期設定のままであろう着信音の出所を探す。

わたしのは常にマナーモードなので、多分鳴っているのは彼の携帯。
手を伸ばせば届く距離にあったそれを引っつかんで見てみれば、困ったことにメールではなく電話の着信だった。


「レンくん、ちょっと、寝てるとこわるいんだけど、電話、鳴ってます」

「…」

「レンくん電話!!」

「んん、 レディ出てよ…」

「はい!? ご両親とかだったらどうするのなんて説明すればいいの!
 とにかく一回起きて…」

「…れでぃ、うるさい…」


とろんとした瞳を一瞬だけ見せてしー、とわたしの唇に指先をあてる。
今更かもしれないけれど彼の行動は本当に心臓に悪い。あと声が、なんというか、良い意味で18歳とは思えない。
唇から離れた手がシーツに落ちた次の瞬間には、もう寝息しか聴こえなくて、困り果てたわたしは観念してディスプレイを見た。


「(りんごちゃんって…まさかあだ名か何かじゃないよな… 彼女とかではないことを祈る…)」


重苦しい溜息を吐いて覚悟を決める。
情けないことに僅かに震えている指で電源ボタンを、押した。


「ちょっとレンちゃん!出るの遅いわよぉ!」

「あ、す、すみませ… って、あ、れ…?」


開口一番怒られた。
電話は3コール以内にとるのが一般常識…仕事上の常識?だと思っているので、さすがに今回は出るのが遅かったと思う。
謝罪の言葉を口にしようとした時、なんだか妙な違和感に気が付いた。
わたし、この声、聴いたことがあるような気がする。


「…その声、」


相手も何かに気が付いたのか、僅かに動揺した声が聴こえる。
それでやっと違和感が確信に変わって、ごくりと息を呑んだ。



「りん、ちゃん…?」

「なまえ…?」


突然低くなった声に、やっぱりそうだと納得する。
久しぶりに聴いたその声は、実家で近所の幼馴染みの声だった。

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