「本日のご予定を確認させていただきます、」


やたらと広い円城寺様ご愛用のセダンに乗って、坊ちゃんは今日も優雅にご登校中です。

坊ちゃんの通っている早乙女学園には立派な学生寮があり、本来なら家に戻って来る必要はない。
でも あそこは狭いから嫌いだ、だの 聖川の坊ちゃんと一緒は嫌だ、だのと文句を言ってなかなか寄り付かない様子。
やたらと部屋の装飾に力を入れていた入学前の坊ちゃんはどこへ行ったのでしょう。
今ではすっかりお屋敷からの通学になっています。もちろん、円城寺様の運転付きで。


そう、これももう見慣れた光景。いつも通りの登校風景、 の、はずだった。



「………」


隣に座る坊ちゃんの表情を、横目にちらりと確認する。
綺麗に整えられた眉を不機嫌そうに歪めて、閉まったままの窓のところに肘を掛けて頬杖を突き、一向にこちらを向く気配はありません。
この間一ノ瀬さ…トキヤくんとお会いしてからずっとこの調子。

やはり窓を開けっ放しにしてしまった事を怒っているのでしょう。
直接そう言われたわけではありませんが、坊ちゃんはあの時から既にすこぶる機嫌が悪く見えました。

はぁ、と小さく溜息を吐いて、開いたままのスケジュール帳に視線を落とす。


「18時からご長男様のご友人様との会食が入っておりますので、授業が終わり次第お迎えに参ります」

「行かない」

「…はい?」

「行きたくないから行かない」


つん、と突っ撥ねる様に短い返事が返って来て愕然とする。
これが本当にフェミニストを語る人の態度なのでしょうか。
ああ、坊ちゃんのあの態度は対女性でないと表に出てこないのでしたっけ。

我が雇い主ながら少しだけむっとして、スケジュール帳を放り投げてしまいそうになった。
坊ちゃんの傍仕えをすることになったからこそ、円城寺様が裏庭の猫に愚痴を零す原因が分かった気がする。


「(わがまま…)」


我儘なのは今に始まった事ではないが、今はそれに不機嫌が上乗せされている。
そこでふと、わたしに原因がある事を思い出して、少しだけ自己嫌悪に陥った。

あの時も、他の方に見付かって怒られない様にと気を遣って坊ちゃん自ら言いに来て下さったのだろう。
そう思うとなんだか、苛立ちや呆れを通り越して申し訳ない気持ちになってくる。
第一、使える者であるわたしが雇い主に歯向かうなどもってのほか。

喉まで出掛かった言葉をぐっと押し戻して一度、深呼吸。


「坊ちゃんがそう仰るなら、こちらの用件はキャンセルしておきます」


努めて冷静な声で返してスケジュール帳を閉じる。
お兄様にもすごく申し訳ないことをしているのだけれど、わたしの直接の雇い主は、今隣に座っているレン様に他ならない。
雇い主の言葉は絶対、とまではいかなくても、なるべくなら叶えて差し上げたいと思う。
…たとえそれが我儘から来る望みであっても、だ。


「…あの人にはなんて言って断るんだい」

「それは…失礼のないように後できちんと考えます」

「…なまえ、そういうの一番苦手だったよね」

「……重々承知しております」

「君も同席してくれるなら行くよ」

「え、」

「傍仕えの使用人としてじゃなくて、俺が招いた同伴者として、付いて来てくれるね?」

「えっ、あ、は、はい…?」

「じゃあ決まりだ。ジョージ、彼女用のドレスを見立てておいて」

「はいはいわかったよ、ったく…」


とんとん拍子に事がすすんで付いていけない。
いつの間にか会食に同席することになってしまったし、心なしか坊ちゃんの機嫌も和らいだように見える。
それにはほっと胸を撫で下ろしたのだけれど、一体なんて言って旦那様に報告すればいいんだろう。


気付かないうちにだいぶ時間が経っていたようで、ゆるやかにスピードを落とすセダンに慌てて荷物を準備する。
円城寺様が反対側のドアを開けているうちに先回りして、出て来た坊ちゃんに荷物を手渡した。


「たっぷりめかし込んで来てくれて構わないよ、」


去り際に残したからかうような台詞と数日ぶりに見た笑顔に、やっといつもの坊ちゃんに戻ったと安心する。
行ってらっしゃいませ、と深々と頭を下げて、その姿が見えなくなるまで見送った。


「お前も苦労するな…」


不意に掛けられた労わりの言葉に もう慣れました、と返せば小さく笑われた。






煌びやかなパーティードレスに圧倒されて、いつもの制服ではだめですかと涙ぐむわたしの切なる提案は、見立てを手伝ってくださったご長男様と円城寺様に笑顔で却下されたのでした。

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