04
「ただいま…」
玄関を開けると、ふわりと香る美味しそうな匂い。
リビングの扉を少しだけ開けてひょこりと顔を覗かすのは、もう見慣れたオレンジ色。
「おかえりレディ、」
手早くお風呂を済ませて、濡れた髪をタオルで拭きながらリビングに向かう。
食欲をそそる温かな料理の匂いに、思わず顔が綻んだ。
彼と出会って3日目からだろうか、留守番をお願いしますと仕事に出掛けて、帰ってきたらすっかり夕飯が出来上がっていた。
普段一人だけの食事は質素な物になりやすく、料理のレパートリーも少ないわたしにはどうやって作るのかさっぱりわからないようなものがたくさん並んでいて、すごく驚いた。
他の家でも同じような事をしていたらしく、食べてみれば味は確かで。
こんなところでふらふらしてないで料理人にでもなったらいいのに、と思ってしまう程。
そうしていつの間にか料理だけでなく、買出し、掃除、お風呂の用意までもが彼の担当になっていた。
本当にありがたい事だとは思う反面、女子としてどうなんだろうと情けなくなる部分も…ないことはない。
出来ることと言えば、せめて買出しにはこれを、と僅かばかりのお金を彼に渡すことだけ。
本来なら逆なんだろうなぁと思いつつ、快く承諾してくれる彼に甘えてしまっている。
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
そうして二人でテーブルを囲むようになってから、もう一週間が経とうとしている。
美味しい夕食に舌鼓を打ちながら、先程鞄から取り出しておいた物をテーブルの上に置いた。
ずっと引き出しの奥にしまい込んでいた、柴犬のキーホルダーがついたそれ。
「鍵…?」
「そう、ここの鍵。今までマスターキー置いて行ってたけどやっぱり危ないかなと思って。
レンくんだって昼間出掛けたいもあるでしょ?」
彼が普段どんな生活をしているのか、正直謎な部分が多い。
でも曲がりなりにも18歳。まだまだ遊びたい盛りなんじゃないだろうか。
カードがあるからお金の管理は自分で出来るだろうし、買出し以外ずっと家に閉じ込めておくのも可哀想だ。
もぐもぐとご飯を頬張りながら説明すると、彼は箸を止めてじっとそれを見詰めていた。
どうしたのだろう。前に言っていた彼の台詞からすると、合鍵を渡されるのは多分初めてじゃないだろうに。
それとももう出て行くから必要ないとか言われるのかな、このおいしいご飯とさよならはまだ早すぎるよ!
おそらくこの複雑な心境が顔に出ていたんだろう、ふと目が合ったかと思えば小さく噴き出された。
「ありがとう、 そろそろ閉じ篭ってもいられない頃合だしね…」
ぽつりと続けられた言葉の意味はいまいちわからなかったけれど、とりあえず受け取ってくれたから良しとした。
後で携帯と会社の番号もメモして置いておこう。そんなことを思いながら視線をずらす、と。
見覚えのある洋服たちが、カーペットの上にきちんと畳んで詰まれていることに気が付いてしまった。
さっと血の気が引いていくのがわかる。
油をさしていない機械のようにぎぎぎ、とぎこちなく彼の方に顔を向けたら、思議そうに首を傾げられた。
「せ…んたく…」
「ああ、今日良い天気だったから、」
「せせせ洗濯はやらなくていいからってあれほど言ったのに…!!」
今度は顔から火が出るんじゃないかと思うくらい熱くなる。
洗濯かごに入れるときそっと脇に退けておけばよかった、とぐるぐる考えながらまた視線を畳まれた洗濯物に移す。
「まぁまぁ、俺は良いと思うけど?水玉でも花柄でも、」
「わああああやっぱり見たんだあああ!」
恥ずかしさにいよいよ涙さえ滲んできた。
思わず立ち上がってしまったついでに、洗濯物を寝室の引き出しにしまい込む。
明日からは絶対に避けておこうと心に誓って、真っ赤な顔のままくつくつと笑い続ける彼の元、もとい美味しいご飯の元へと戻った。