「ね、さっちゃんはどんな人がタイプ?」
難しい顔をしてソファーに座るさっちゃんに、背もたれの後ろから身を乗り出して尋ねる。
手元の楽譜から顔を上げた彼はただ一言、さっちゃんって呼ぶな、と告げたきりまた下を向いてしまった。
「さっちゃん冷たいいい…このつんでれさん!」
めげずに後ろからねぇねぇと声を掛け続けければ今度はうるせえ黙ってろ、だって。
ぶす、と頬を膨らまして、一応言われた通り押し黙った。
手元の楽譜に並んだ音符を彼の声がなぞっていく。
暇があればそうやって楽譜とにらめっこ。ただ単に音楽が好きだからそうなのか、はたまた別の理由があるのか、わたしにはわからないけれど。
小さく聞こえる低めの歌声が心地好くて目を閉じた。
「さっちゃんははるちゃんが好きなんだよね、」
ぴたりと、声が止む。
今度は怒らないんだ、と思いながら横目で彼を盗み見るけれど、俯いたまま動かないから表情が読めない。
空調の僅かな風にふわふわと揺れる髪に手を伸ばそうとして、止めた。
「はるちゃんほわほわしてて可愛いもんね!あ、でもはるちゃん狙いだとライバル多そうだから大変だ!ね、ね、はるちゃんのどんなところが好き?わたしはねぇ」
「違う」
「え?」
「あいつじゃねぇ」
「………………えっ、え、ま、まじか…」
当たったと思ったんだけどなぁ、と零せばふん、って鼻で笑われた。
はるちゃんじゃないとすると誰なんだろう。
友ちゃんかな、それともクラスの誰か?うーん。
背もたれに乗っかるみたいにして足をぷらぷらと揺らしながら考え込む。
「クラスの子みんな可愛いしなぁ…作詞家コースの子だっておしとやかな感じするし…」
「お前と違ってな」
「う、酷いなぁさっちゃん…やっぱりああいう清楚系の方が好き?」
「別に」
「えええ…じゃあどんな人がタイプなのさあああ!ねぇねぇさっちゃん!さっちゃあああん」
「うるせーなさっきっからべらべらべらべら!別になんでもいいだろうが好きなタイプなんて!」
「よくないよ!良いじゃん減るもんじゃないし!教えてよぉ!」
「わかったから黙れ!黙らねぇならお前の部屋燃やすぞ!」
ぴたっ、と、今度はわたしが止まる番。
部屋燃やすとか物騒なこと言ってるけどそれよりもわかった、って言葉の方がずっと重要!
したり顔のわたしを見てやっと我に返ったのかさっちゃんはばつが悪そうに眉間に皺を寄せた。
にこにこしながら言葉の続きを促せば、いつも不機嫌そうに釣り上がっている眉が少しだけ困ったような表情を見せる。
「お、俺は、
おま、おまえ、が、」
ごにょごにょと珍しく言い淀むさっちゃんに、にやにやしてしまうのを堪えきれない。
なんとなくその言葉の続きに期待して、じわりじわり、胸が熱くなる。
ねぇさっちゃん、気付いてないかもしれないけど、楽譜の端がぐちゃぐちゃになっちゃってるよ。
楽譜から目を離してこっちを向いてくれたこともうれしかったけれど、
なにより嬉しいのは今、彼の心を掻き乱したのが音楽ではなくわたしだということ。
ここ一週間で一番の快挙だと思う。
結局抑え切れなくて、だらしなく頬が緩んでしまった。
「さっちゃんだいすき!」
蜂蜜よりも甘い恋*
(わたしがあなたに教えてあげる、)