神宮寺家使用人の朝は早い。

お屋敷の朝の清掃、庭の手入れ、次々と起き出してくるご子息様達の出発の準備、やることはたくさんある。

そんな中ひとり、他の使用人の方々よりも幾分か遅く起き出すわたしの役目、それは。





身仕度を整えて、忙しなく廊下を歩く使用人の皆さんと挨拶を交わしながら向かう先は坊ちゃんの部屋。
通い慣れた道程を急ぎ足で進み、豪奢な扉の前で立ち止まる。
ぐ、と気を引き締めて、これまた見慣れた扉に手を添えノックを3回。


「おはようございますレン様。
 朝食の準備が整いました、御仕度はもうお済みでいらっしゃいますか?」


まずはお決まりの挨拶。
上のお兄様達の場合はここでたいてい今行くよと返事が返って来るけれど、彼の場合そうはいかない。
この挨拶で返事が返ってきたことなんて一度もないのだから、今日もまた例外ではないのだろう。
予想通りの無言の返答にため息が零れた。

「失礼致します」


大きめの声で告げてがちゃりと扉を開く。広々とした部屋に注ぐ日の光は眩しいくらいなのに、すっぽりとシーツに包まって丸くなる彼にはどうやら届いていないらしい。
始めこそ遠慮して丁寧に丁寧に起こしていた所為で坊ちゃんが学校に遅刻してしまい、わたしまでこっぴどく叱られたのだった。


「レン様、起きてください、また学校に遅刻してしまいますよ」


無駄に広いベッドの脇に立ちなるべく穏やかな声で告げる。
出来たらこのシーツには手を掛けたくない。いつも通りなら彼は、多分、寝間着を着ていないはず、だから。
小さな唸り声を発しながらもぞもぞと身じろぎする彼にほっとする。このまま起きてくれるならそれが最良だ。


「さ、レン様、朝食の仕度も出来ております、早く行かないと冷めてしまいま っ!」


ばさ、と大きな音がしたと思ったら強く腕を引かれて、ブーツのままベッドにダイブする。
柔らかな枕に顔が埋まって息が出来な、い!
ぷは!と顔を上げて思い切り肺に空気を送り込めば、くすくすと耳を掠める笑い声。
じっとりと目付きを悪くして顔だけを横に向ければまだ眠そうな、とろんとした瞳が、すぐ近くにあった。


「おはよう、なまえ」


掠れた声で名前を呼ばれて、ぐ、と強く腕を掴まれて引き寄せられる。
体を支えていた腕をとられた所為で今度は坊ちゃんにダイブ。
左手はすっかり坊ちゃんの手の中に収まっているし、腰はがっちりホールドされていて全く動けない。
あ、とかう、とか言葉にならない声が洩れて、余計に動揺してしまう。
一層濃くなる目元の笑みに捕われたら、目が離せない。

少しずつ零に近付いていく距離。
あと少しで、鼻先が、触れ




「っ、わああああああ!!!!!」


ばちーんっ!!!




いつも通りの朝、使用人達は末のご子息の部屋から聴こえた叫び声に一瞬手を止めて、笑い合う。
これはまた円城寺様のお説教だな、と、おそらく今全力でご子息に謝り倒している末のメイドの武運を祈った。

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