01



空を見上げると見事な満月。白い息がしんと静まり返る夜空に溶けて消えていく。
そんな月明かりの綺麗な夜、わたしは金色の捨て猫を拾いました。




「お湯加減、どうですか?」


浴室のドア越しに尋ねればうんともああとも付かないくぐもった返事が返って来た。否定はされていないようだからまぁいいかと用意しておいた大き目のスウェットと洗い立てのバスタオルを脱衣かごに放り込む。
下着は防犯用に、と渡されたまま未開封だった物をそっと置いておいた。

どうしてこうなったのか未だに整理がつかない。自分の適当さを褒めてあげたい反面諫めたくもなった。



仕事帰りの重たい体を引きずって借りているアパートの前まで来ると、自室のドアの前に蹲る人影。
不審者かと一瞬構えたけれど、それにしては身なりがあまりにも綺麗だったためにその線はすぐに打ち消された。
それなら具合でも悪いのかと声を掛けてみる、が、返事はない。
放っておきたいのは山々だが彼が座っているのはわたしの部屋の前、彼が動いてくれない限り中には入れないわけで。 
 
どうしたものかと同じようにしゃがみこんで大丈夫ですか、と顔を覗き込んだら、
少し曇った空色とばちりと目が合った。
彼は形の良い唇でただ一言寒い、と発すると、あろうことかその瞳を閉じてしまって。
いよいよ困惑しきったたわたしは、半ば自棄になり彼を自室へを引きずり込んだのだった。



「(具合が悪そうだからって知らない人を家に上げるなんて…か、金出せとか言われたらどうしよう…いっそ今のうちに警察に連絡を…!)」


仕事着のままうろうろとリビングを歩き回っていると次第に温かくなる室内。
いつもは付かないランプが付いたエアコンを見詰めて、寒そうにしていた彼にいつのまにか気を遣っている自分に気が付いた。
はぁ、と重たい溜息が出て頭を抱える。お人好しにも程があるって…。


「レディ、」


ふわ、といつも自分が使っているシャンプーのにおいがして振り向けば、髪から雫を滴らせてこちらを覗き込む空色とかち合った。
いつの間に、と目を丸くすると彼は申し訳なさそうに眉を下げる。あ、その表情可愛い、かも、しれない。というか、レディって何。 
 
「先にお風呂いただいちゃってごめんね、レディも早く入っておいで」


艶やかな低音で、そんな台詞をさも使い慣れた言葉のようにすらすらと言うものだから、
お人好しな上にスペックの低いわたしの思考回路そはそれを素直に受け取って、気付いた時には湯船に浸かっていた。
髪を洗おうとして冷たい水を被ったところで、ふと我にかえってまた頭を抱える。
相当疲れてるんだなぁ、と小さく呟いてシャワーをお湯に切り替えた。
とりあえず上がったら彼にこの家の主は誰なのかを言い聞かせようと思う。そして彼がいったい何者なのかを突き止める。よし、そうと決まれば!

決意を固めて手早く風呂を済ませると、彼に渡したものと色違いのスウェットに袖を通して短い廊下を足早に歩く。

ばん!とリビングの扉を開けて明るいオレンジ頭を探す。が、見当たらな、い。
きょろきょろと周りを見回すうちに段々と冷静になっていく思考。まさか新手の盗人だったんじゃ、と悪い予感に血の気が引いていく。

リビングの奥にある寝室の引き出しには通帳印鑑その他諸々が入っている。それを思い出して慌てて寝室のドアを開けるとそこにあったのは荒らされた室内、 ではなく。



「(冗談、でしょ…)」



我がベッドで丸くなる捨て猫の姿だけ、だった。
はああ、とさっきよりもずっと重たい溜息を吐いて、本日3度目の頭痛に頭を抱えた。

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