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4.



「…虫取りでもしてたの?」

なんて悪趣味な事をするのだろうと、思わず顔をしかめたと思う。

「お前は、」
「え?」

蝉の鳴き声が喧しい中で初めて聞く奴の声に驚いた、いつもはただ黙って私を見たかと思えばすぐに目を逸らすのに。
奴は暑くないのか、こんな夏の真昼間に長袖のシャツを着ているのを見るのは暑苦しくてたまらない。

「何を考えてるんだ?」
「…え?」
「懲りもせずに毎日毎日、暇なのか?」
「なにそれ」
「上っ面だけ良さそうにして、お前みたいなのが一番不愉快だ」

奴は私が気に入らないのだろうとは思ってはいたが、はっきりとそう口にされるとぐらっと来た。私の中のプライドがズタズタにされたからか、私がここまでしてやったのにとか、夏の暑さのせいなのか、大人達が言っていた言葉が考えるよりも先にそのまま口をついて出た。

「何よ!あんたなんかめかけの子供のくせに、偉そうに」

言ってからしまった、と思った。その言葉の意味なんかはっきりと知っていた訳ではなかったけど、大人達がこっそりとしながらも聞こえるような声で話す言葉とその表情から良い意味を含んだ言葉じゃない事は分かってはいた。
奴がほんの少し顔を歪めたように見えたのは、私が取り返しのつかない言葉を投げつけてしまったからだろうか。

手からするりとスイカが落ちて石にぶつかって割れた。あまり大きくない小玉のスイカだったからか、なんてやわなんだろうと思った。スイカの匂いと飛び散った赤い色を見てすぐに私は駆け出す。
呼吸が、心臓の音が、蝉の声が、色んな音が私を追い立てる。もしかして、奴が私を追いかけて来ていたら、そう思ったら立ち止まって振り返る事も出来なくてただただ逃げた。

家に着いた途端に大汗をかきながら呼吸もままならない私を見て、みんな心配そうに声をかけて来たがさっきのやり取りを話せる訳がない。それから私は奴の家に行ってはいない。

夏休みが明けたら嫌でも奴と顔を合わせる事になるのかと考えたらと憂鬱で仕方なかったが、あの日からすぐに奴はまたどこかへと引っ越して行ったらしい。それっきり奴には会う事はなかった。

そんな夏の出来事を私はすっかりと忘れていたというのに。


−−−−−


突然の再会を懐かしく思う事もなく、再び会えた喜びを分かち合うほど私達は親しい間柄では無い。子供の頃の記憶の奥底にしまい込んでいた、最後に会ったあの瞬間を思い出して、微妙な気まずさに今すぐにでもこの場を去りたかった。
それでも奴のいる方向が私の戻るオフィスの方向で、それじゃあ失礼しますと強引に横を擦り抜けても良いのだが、何故かそれをさせまいとする何かを私は感じていた。

「まさかこんな所でまた会うなんてな」
「…よく私だって分かりましたね。あれからもう10年以上経ってるのに」
「一度会った奴の顔と名前は忘れないんだ。みょうじなまえさん」
「……名前しか、私、覚えてなくて」
「尾形だ。尾形百乃助」

じりじりと間合いを詰められているような気がする。私が一歩後ろに下がれば、奴も一歩進んで来る。背後には自販機、退路は無い。
何だ、尾形は何を考えているのか。あの頃は私が尾形の前に現れても、まるで何も見えていないような対応しかされなかったのに、予想外の奴の反応に私は困惑せざるを得ない。

するりと手からミルクティーのペットボトルが落ちた。その音に気を取られて視線を足元にずらすと、尾形が先にそれを拾って口元にだけ笑みを浮かべながら私に手渡す。

「相変わらずよく物を落とすんだな」

このやり取りを何も知らない人から見れば、いや同じ部署の女子達が見ていたならば、黄色い悲鳴を上げてなんて優しい人なんだろうって思うのだろうか。
でも私は昔の尾形を知っている。少なくとも当時の尾形なら、こんな風にさり気なく笑いかける奴では無かったはずだった。その当時と今の尾形のギャップに私は戸惑っている。それとも10年以上の時間が奴を穏やかな人間にさせたのだろうか?

「…ありがとうございます。それじゃ私はこれで…」

固く握り締めたボトルはぎゅっと音を立てた、私は急いでオフィスへと駆け足で向かう。
残って調べ物をしようかと思っていたが今日は止めだ。とにかく、すぐに帰ろう。

立ち止まって振り返る事も出来ない。
あの頃と似たようなこの感覚、まるでデジャビュのようだった。


2018.06.09.
加筆修正、そして一部完。

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