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今度の土曜日海常に来て!部活があるなら午後からでもいいから!
…あ、そうだ。どうせなら水野サンの差し入れも欲しいっス!

そう笑顔で言われたのは水曜日の話。そして今日は金曜日の夜。有希は包丁を持ったままアワアワと台所で慌てていた。場所が場所なら通報されそうな狼狽っぷりだ。
再び校門で有希の前に現れた黄瀬は開口一番にそう言い放った。どうやら前回にまた会おうと言っていたのは有希の聞き間違いじゃなかったらしい。そして言い出したのは、また会う約束…。

「差し入れ…差し入れって何?!無難にレモンのハチミツ漬け?それとも他の物?!」

言い方がほぼ強制だった。だから有希が否定する暇なんてなく、あっという間に有希の土曜のスケジュールが埋まった。何故か、理由や当日何をするのかは教えてくれなかった。
何のために自分が海常に行かなければならないのだろうと首を捻っても、その質問に答えてくれる人はここには居ない。

「ハチミツのレモン漬けとか作ったことないんですけど…もし運動の後に食べるんなら少し酸っぱい方がいいのかな?本当に差し入れってこれでいいのかな?…念の為何か他のものも作る…?」
「ねーちゃんウルサーイ!TV聞こえねぇーんだけど!」
「光太は黙ってて!今姉ちゃん忙しい!」

……………
………


「…なんだかんだ来ちゃった」

昨晩奮闘して作った差し入れを大事に入れたスポーツバックを前に抱えるように持って。有希は思わず肛門の前で立ち止まってしまった。たまに有希の横を通り過ぎる部活を終えた海常生が、有希を疑わしい目で見てくるような気がした。
午前練の後に駆けつけてきたので格好は練習着にパーカーを羽織ったぐらい。それでも色気もクソもないのは元からだから、問題は無い。

「あっ、水野サン!本当に来てくれたっスね!!」
「黄瀬君…え、何。もしかして来なくて良かった?てかこない方が良かった!?」
「違っ…中々来ないから来てくれないのかと…てか何テンパってるんスか?!」
「だってこんなの初めてなんだもん!何で呼んだのかも教えてくれないし!何か見られてる気がするし!そりゃテンパるよ!」
「ご、ごめん…内容は秘密にしたかったんスよ」
「へ?」
「とにかく時間がないんで、案内するっス!」
「え…ちょ、ちょっと!」

黄瀬君は私の手を取ると、迷わず体育館の方を目指して走り出した。それに合わせて私も足を動かす。特に二人の足の長さが違うので、その分有希は必死に付いて行った。手を取る必要性があるのかは分からなかったが。
だけど、体育館の入り口を過ぎた辺りから有希の困惑が大きくなっていった。このままでは私までコートに飛び入る事になるのではないか。
…どうやら黄瀬君は最初からそのつもりらしい。

「ちょ、黄瀬く…!」
「黄瀬ぇ!!てめぇあと何分で試合始まると思ってやがるっ!!」
「うげっ!!」
「?!」

なんかデジャヴ。コートに入って混乱する頭でまず最初にそう思った。それはあのカサマツ先輩が黄瀬君を惜しげなく足蹴にした。違いはと言えば今回は目の前で怒ってることぐらいだろうか。目の前で見るそれは中々な迫力で、手加減している様子は微塵もない。
その威力で倒れない黄瀬君も凄い。やはり慣れていると言ったのは伊達ではないようだ。周りの人もその光景には慣れているようで、特に反応している人はいない。多分、空いた口が塞がってないのは私だけだ。

「いだっ…ちょ、痛いっスよセンパイ!だから友達連れてくるって言ったじゃないっスか!見学だけならいいって、事前に許可も取ったでしょ?!」
「お、ま、え、が!返事する前にすっ飛んで行ったんだろうが!まだ許可した覚えはねぇ!大体他校生とは聞いてねぇ!」
「痛いっス!」
「おい笠松。黄瀬は午前出てないからいいが、その辺にしておかないとお前の試合の体力持たないぞ」
「ほっとけ小堀!こいつはこうでもしなけりゃ馬鹿が治んねぇんだよ!」
「ああ、君が噂の運命の子か…!そうか、だから今日ここで2人が出会う事も決まっていたんだな!」
「え…はい?噂?運命?」
「ちょっと森山センパイ!水野サンを口説くの止めて下さいっス!困ってるじゃないっすか!」
「水野さんと言うんだね!下の名前は?」
「有希、です…?」
「有希…素敵な名前だ!今日は君のために点を入れてみせる…!」
「水野サンも正直に答えなくていいんスよ!」

デジャヴの次はカオスがやって来た。
カサマツ先輩が黄瀬君を怒鳴り、それを小堀先輩が宥める。かと思えば森山先輩とやらが私に話しかけてきた。内容がよく理解できなかったのだが、黄瀬君に言われてやっと口説かれている事に気付いた。有希が鈍いのではない。台詞がクサすぎて気付かなかったのだ。中々に濃いキャラの選手がこの海常バスケ部には集まっているらしい。少し離れたところでベンチに座っていた監督らしき先生も頭を抱えていた。

「…だぁっ!!もういいよ!相手待たしてんだ、これ以上うだうだと黄瀬に説教する時間はねぇ!」
「センパイ、それじゃあ時間を延ばしてたのが俺みたいな言い方…」
「伸ばしてたのはお前だよ!」
「あ、あの…私本当に部外者だし、ベンチに入る訳にはいかないし。邪魔にならない所に行きます。…ていうか、何なら帰りま」
「「それはダメだ/っス!」」
「珍しく森山と黄瀬の息があったな」
「…」

カサマツ先輩が突っ込まない。まるで屍のようだ。カサマツ先輩は気力を失ったのかもう項垂れている。間違いなくこのチームでの一番の苦労人はこの人だ。

「監督っ、見学だけならいいっスよね?!」
「もう勝手にしろ。早く並べ…!」
「了解っ!勝手にするっス!」

監督からも呆れながらOKサインを貰えた事に気を良くしたのか、笑顔をこちらに向けて絶対帰ったりしちゃダメっすよ!俺の活躍見てて!と先にコートに入って行った先輩達に続いて駆けていった。

「あれ、黄瀬君って一年レギュラー…」
「?君、黄瀬が中学からなんて呼ばれてるのか知らないのか?彼女なんだろう?」
「え?違いますけど…彼とは、友達…何だろうか?」
「?」
「まだ出会って間もないんです。…えっと」
「?…ああ、俺は小堀だ。よろしく」
「こ、こちらこそ。水野有希です。…あの、私本当にここにいていいんでしょうか?あと黄瀬君が呼ばれてるのって…?」

整列する黄瀬君達。純粋な疑問をそのまま口に出すと、いつの間にか隣に立っていた人が話しかけてきてくれた。小堀先輩と言うらしい。彼は試合に出ないのだろうかと思っていると、俺は午前フルで出たからこの試合は休みなんだ。と答えてくれた。どうやら言いたいことが私の顔に漏れていたらしい。

「別にいいんじゃないか?監督からも許可もらえたみたいだし。この際だからゆっくり見ていくといい」
「あ、ありがとうございます」
「いや。…それともう一つの問いなんだけと。君はキセキの世代というのを聞いたことはあるか?」
「へ?奇跡の世代…?」
「まぁバスケに関わってなければそんなものだよな。キセキの世代っていうのは…」

要約すると、キセキの世代というのは十年に一度現れる様な天才が同じ学年に、しかも同じ中学に集まった時の事を言ったらしい。そして黄瀬君もそのキセキの世代の中の一人とか。何でも全中三連覇というとんでもない記録を出したとか。

「そんな奴らだ。うちも必死になって黄瀬を勧誘したんだ。一年だろうがなんだろうが関係なかったな。…それに、確かキセキの世代の主将を務めてた奴は既に部長らしいしな」
「うっそ…あり得ない。て言うか黄瀬君てそんな凄い人だったんですね…私、黄瀬君が海常って事も知らなくて、失礼な事しちゃったんですけど。それ今知れて良かったです」
「えっ…知らなかったのか?じゃあ何で今日来たんだ?」
「なんか…学校の門で待ち伏せされてて、土曜日海常に来てとだけ言われたんです。内容は何も言わずに。だから今日練習試合なんで知らなくて…」
「…ハチャメチャだな、あいつ。まぁわりといつもだけど」
「…(わりといつもなんだ…)」

小堀先輩は普通にいい先輩だった。狼狽していた私に森山にはあまり近づかない方がいいとか、このチームはいつもこんなんだから気にしなくていいとか話しかけてくれ、話しているうちに段々自分も落ち着いていくのがわかった。そうして話していると、あっという間に場の空気が変わった。緩んでいた空気が、一気に引き締まる。

「試合開始(チップオフ)!!」

試合開始のゴングが鳴った。




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