ミカン







「ちょ、ちょっと待ってよー!」
「有希おっそ!早く早く!」
「うー…」

あれから必死に坂道を登って、やっと見えた体育館の入り口。入り口が見えたんだからもういいかと逸る歩調を少しでも緩めてしまえば、またすぐ飛んでくる声。どうやら皆は私と違って、まだ体力が有り余っているらしい。それならもっと練習に力入れろよと叫びたくなるが、このメンバーに行っても無駄ということはとうの昔に悟っているので、私は一つため息をつくだけでまた疲れ切った足に鞭打って前に進んだ。
こんな事なら本当に帰ってしまった方が良かったかもなんて思わない。そう思ったらきっと負けだ。

「うっわ…広、」
「ね、ちょ!下見て!あれじゃないの!」
「?!…あのゴール下にいる人?」
「違う!」

私達がいるのは当然二階。一階からの見学は利用者以外は出来ないと言う事で、皆は泣く泣く上に上がってきた。皆はそれらしき人を見つけただけでもテンションの高低差が練習時と大きな違いだが、それに対して私はここまで来る道程にぐったりとしていた。正直一目確認だけすれば十分保養になると思う。

「やってるねー…」

この体育館のコートは三面。どうやらここでバスケ部も三校合同で練習試合が行われていたようで、まだ奥二面は試合を続行していた。スコアを見る限り…どちらも五分五分のようだ。しかし手前のコートは実力がハッキリしていたのか、三桁と二桁で圧勝していた。
奥二面は実力が五分五分でかなり白熱しているようで、ここまで声援が飛んできている。皆が必死に黄瀬涼太を探してる中、ちょっとだけそちらの方を見ていれば白と青のユニホームのチームの一人が3Pを綺麗に決めた。

「ちょ、凄い…ねえねえ、皆見た?!今3Pが…」
「え?3Pって何?」
「てか有希!黄瀬涼太探してよ!目的と違うもの見るんじゃなくてさ!」
「あー…「あ、あれじゃない?黄瀬涼太!金髪だし!」…?」

3Pを無視された事はいつもの事なので、深く考えずにメンバーが指差した所に視線を彷徨わせてみれば、確かに金髪の男子が。タオルを肩にかけてベンチに座っていた。汗を拭いている所を見ると、どうやら手前のコートの試合に出ていたらしい。傍らにスポーツドリンクを置いていた。
流石にここまで私たちが騒いでいたら自分の事だと気づいたのだろう、彼は座ったままこちらを向いた。
…そして多分、私と目があった。

「…っ、」

成る程、確かにカッコいいわ。
さらりと流れる金髪。キリリとして、女の子より長い睫毛の目。整った顔立ち。嫌味のようで嫌味になっていない左耳のピアス。今は座っているので分からないが、きっとかなり高いであろう身長。きっと立ったらスタイルの良さも分かるに違いない。一目で分かった。この人は私達とは違う。理屈じゃなく、そう感じた。これで運動神経が良かったら…うん、敵う所無しって所だろう。きっと世の中の男子に恨まれるにがいない。実際に私のチームメイトは目をハートにしている。
黄瀬涼太はそんな私達を見て、雑誌と同じ笑顔を私達に向けて手を振ってくれた。

「「「っキャーー!!」」」
「っ!ちょ、うるさ…!」
「黄瀬クンがこっち見て手ェ振ってくれたっ!」

やはりモデルの笑顔というのは、威力が凄い物らしい。さっきまでフルネームで「黄瀬涼太」と呼び捨てだったのに、今では「黄瀬クン」だ。なんだ「クン」て。媚びてる感が否めない…。

「笑ってる!ねぇ、笑ってる!」
「やっば!カッコいいっ!!」
「(声デカっ)…っねえ、まだ向こうで試合が…っ?!」
「テメェコラ黄瀬ェ!何一人でサボってんだっ!!」
「げ…笠松センパイ…っ?!」
「てんめぇ…仲間がまだ試合で頑張ってるっつーのに!サボって女に手ェ振ってるなんざいい度胸じゃねぇか…!」
「ちょ、誤解っすよ、誤解!」
「問答無用っ!!」
「うげッ…!」

蹴った。モデルをいとも簡単に。しかも扱いがとても雑だ。
どこからか現れたカサマツ?先輩とやらは、あの黄瀬涼太を足蹴にした。黄瀬涼太もイヤイヤな感じはするが、すぐ立ち直る所を見るとどうやら慣れているらしい。やはりモデルでも上下社会の激しい部活では、優遇なんて言葉は無いようだ。
…にしても、後輩であってもモデルを足蹴にするなんて、あの先輩はきっと大物だ。そう思っていると。

「…」
「…っ!」

今度はカサマツ先輩の目が、一瞬こちらに向いた。そして、今だ決着の着かない試合の方へと足を向けた。…いや、向いたなんて生易しい物ではない。睨まれた、という方がしっくりくる。
それもその筈、今の話からすると奥のコートでやってる試合の内どちらかが黄瀬涼太擁するチームだ。いくら歓声が凄いと言っても、女子の甲高い声はかなり響く。特に私達の声は標準より大きめ。…多分、私達の存在が邪魔だと言っている。
カサマツ先輩はいなくなったが、制汗剤のお陰でかなり引いていた汗が、再び吹き出てくる感覚に襲われた。

「…っねぇ…私達帰った方がいいんじゃ、」
「あーあ、黄瀬クンが怒られたー!」
「先輩キビシーね!」
「…ハハ!まぁ、あれは普通ッスよ」
「黄瀬クンも大変だ!」
「…(何言ってんだ、あんたら)」

何てお気楽な頭をしているんだろう。流石にこの時ばかりは、有季は自分のチームメイトの頭を疑った。彼女らはカサマツ先輩の視線の意味に気づいていない。それどころか黄瀬涼太に夢中で、あの人の目線がこっちに向いた事すら気づいていないのかもしれない…。この調子ならきっと、黄瀬涼太のちょっと不自然な間にも。
こりゃ、皆好感度下がったな。

「…私、試合の方見てくるね。ラケット置いてくから見ててもらっていい?後で戻ってくる」
「ああ、いいよー!」
「ありがと」

元から好感度なんて考えてはいなかったけど。やはり私も女の端くれで、良いはともかく悪いイメージなんて初対面の人につけられて嬉しい人なんていない。
何と無く私は、私一人が感じているであろう場の居心地の悪さから逃げ出す事にした。
私の言葉なんてきっと届いていないんだろうけど、それでもいい。言ったという事実さえあれば。皆はどうやら、頑張って黄瀬涼太と会話を広げているらしい。きっと思う存分話せば気も済むだろうと、私はラケットを通路の端に置いて、やけに熱中している試合の方へと足を進めた。

「!…誰だろ、こんなとこにみかんジュース置いたの」

注意散漫で歩けばみかんジュースに当たる。八分ぐらい入っていたそれは勢い良く倒れ、中のジュースと一緒にみかんの粒まで出てきた。パッと目に入ったパッケージには、粒入りと書いてある。

「あーあ、今日は厄日なのかなっ」

ここまで来るのに坂道でやけに苦労するわ、黄瀬涼太の先輩から睨まれるわ、ジュースは倒すわ。真ん中は自分達のせいでもあるので余計に気が重く感じる。

私はもう使わないからと、ちょっとやけくそ気味にバックからタオルを取り出し、ジュースを思いっきり吸い込むように上に被せ、そしてフラストレーションを吐き出すかのように力を込めて全部拭きあげてから駆け足で試合のやっているコートの方へと行った。








****


笠松先輩は睨んだはいいけど、後で反動が来てます(笑)
黄瀬君ちょっとしか出ない…。
ここの黄瀬君はスレない予定。


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