2-2







「(うわぁ…相手チーム、絶対イラついてるよ)」

試合開始の合図が鳴って、ボールが忙しなく動き出す。最初のトスでボールは海常ではなく相手のチームにボールが渡った。たまたま目に入った選手は…これでもかってくらい顔をしかめていた。それもそうだ、結局さっきの一連の間、相手チームはコートに並んで待っていたのだ。なのにあんなに騒いで時間を遅らせたりしていたら苛立ちもするだろう。その原因が私のために、さらに肩身が狭く感じるような気がした。

「…あの、小堀先輩。今日の練習相手って強いんですか?」
「ああ。全国に届くか届かないかってレベルだな。午前の試合も手こずったよ」
「!」

その言葉に有希は視線を再びコートに戻す。海常自体が全国常連校と言う強豪校だ。たとえ練習試合と言ってもそれなりの相手が来るに決まっていた。
有希はバスケには興味は持てど、詳しい専門用語や一般レベルがどのくらいなのかがよく分からない。正直ちょっとかじっている人ならば誰でもすごい!と賞賛する程度の知識だ。しかし、有希の目の前で行われている事はその比では無い。
ボールの動きが早い、選手達の動きも早い。スポーツは通底して基礎を怠るような真似はしない。少なくともここのコートに立っている人は皆、基礎の動きが完璧にできていて、それ故に更に上の動きを見せていた。

ボールはいつの間にか海常へと渡っていた。

「ちっ…スティールだ!」
「黄瀬っ!」
「はいっス!」

黄瀬にボールが渡った。背が高い人が集まるバスケ部の中でも更に丈がある黄瀬は自前の金髪とあいまって更にコートの中で存在感を醸し出していた。ボールをつきながらコートを横切る黄瀬は、嫌でも目に入る。しかも立ちはばかる相手チームなんか目に入らないかのようにどんどん突破して行った。

「そんじゃあ…今日一発目っ!」
「!!」

長身が飛んだ。そしてそのまま黄瀬は3mの高さにあるゴールにボールをそのまま叩き込んだ。豪快な音が体育館に響き渡った後にゴールのギシギシという嫌な音が響く。そこまで聞こえたのはきっと、会場が…相手チームが固まったからだ。けれど黄瀬はそんな空気を物ともせず、やったね、というように私の方に笑顔を向け、ピースサインを送ってきた。

「…って、ゴラ黄瀬ぇ!なんかゴールギシギシいってんぞ!この前みたくゴールぶっ壊して試合できなくなったらどうしてくれんだ!少しは手加減しろっ!」
「えー、決めたからいいじゃないっスか!」
「…は、この前?」
「先日の練習試合で、片面のゴールをぶっ壊した奴がいるんだ。相手チームだけどな」
「高校男子バスケって、それが普通なんですか?」
「まさか。ダンクだって早々できるもんじゃない」
「ですよね」

確か先日の私もそんな感じのことを言っていた。だからこそ身近で見れるものではないと。
もしかしてあれか、黄瀬君は私がそう言ったからわざわざダンクを見せてくれたのだろうか。と言うかそのために私を招いたのだろうか。
そう言えばこの間の事を振り返ってみると、黄瀬君が是非見て欲しいとかなんとか言っていた気がする。だとしたら、私を誘ってくれたのは正解だ。

「あの…何か黄瀬君、バシバシ決めてるんですけど」
「いつものことだ。キセキの世代と言われるだけあるだろ?」
「…はい。やっぱりどのスポーツにもそういう人っているんですね」

スティールする度。3Pを決める度。レイアップを手堅く取るたび。私の知らない技で切り込む度。そして、まるでパフォーマンスを見せるかのように黄瀬君がたまにダンクを決め、私にピースサインを向ける度。
胸が高鳴る。呼吸が早くなる。前回会場でみた試合の比じゃなかった。見応えで言えば接戦だったこの前の試合の方が見応えはあるかもしれない。だけど、確実に一人一人のポテンシャルはこの試合の方が圧倒的に高い。

「す、ごい…」

私はただ、感嘆の声を出さないよう必死になりながら視線をそらすことなくこの試合に魅入った。
結果、第二Qが終わる頃には既に巻き返しは困難なほどの点差がついた。勿論、海常リードでだ。

「水野サーン!見ててくれたっスか?!俺頑張ったっス!何時もよりダンク多めで!」
「うん…凄かったよ!わざわざダンクを見せるために呼んでくれたんだよね」
「あ、あれ?感動薄い感じ?」
「いや、むしろ逆」

凄すぎて、逆に感情抑えてる。気分的には腕をブンブン振り回したいくらいだよ。
有希は声を抑え目に黄瀬君にタオルを渡す。何故私が彼のタオルを持っているかというと、何故か面白がった海常の3年の先輩方が私から黄瀬に渡してやれと手渡されたからだ。私も一応運動部で上下関係なんてものが身に染みているので、まぁ先輩方が言うのならと私から手渡しました、まる。
黄瀬君は羨ましいほど整った顔をパチクリと音が出そうなほど瞬きをしてから、破顔した顔を向けてくれた。うん、正直世の中の女の子はこれだけでもノックアウトになるよね。
その黄瀬君の後ろで何やら森山先輩がアピールしてるが、あれはスルーしてもいい感じらしい。雰囲気的に。

「ちっ、やっぱ午前に一つ試合やるときついな…」
「いや、笠松の場合は試合前に黄瀬をしめたからだろ」
「うるせ」

バスケの試合は十分×第四Qまである。休憩を挟むとはいえ、合計四十分間をコートの中を走り回るのだ。思い返せば中学の時、マラソン大会などでよく上位をバスケ部が占めていたが、つまりそういう事なのだろう。
有希はそこで黄瀬君が所望した、自分のバックの中にある差し入れの存在を思い出した。黄瀬君も何も言ってこないし、正直ここで出すつもりはなかったが、もしかしたら今がタイミングなのかもしれない。

「あの、黄瀬君…言われてたやつ持ってきたんだけど…」
「へ?俺何か言ったっけ?」
「うん、差し入れ」

他校の奴が差し出がましいかも、とか実は黄瀬君はそんなつもりで言ったのではないのかも、とか思いつつ有希は恐る恐るタッパーを取り出した。同じものをついでだからと自分の部活に持っていって不評ということは無かったので、味の方はおそらく大丈夫なはず。そこらへんは信頼できる仲間たちだ。もし不味ければグサグサと直球で言ってくる。
量もそれなりにあったので、試合に出てる人中心にどうだろうかと提案してみれば嬉しいことにマネージャーのいないバスケ部の方々は声をあげて喜んでくれた。

「ほ、本当に作って来てくれるなんて…俺、感動っス!水野サン!」
「え?もしかしてあれ冗談だったの?」
「いや、半ば本気っていうか、願望だったと言うか…てか水野サンって料理できたんスね!ちょっと自分でフラグ立てたかなって思ってたんすよ、桃っちみたいに」
「桃っち?」
「やべえ、うめぇ!」
「ちょっと酸っぱいのが良い!」
「あ…良かったです」

四方八方から男らしいゴツい手が伸びてかきたかと思うとタッパーを持っていた私はあっという間に長身の男共に囲まれた。流石バスケ部。黄瀬君がズバ抜けて大きいから分かり難かったが、どの人も平均身長はおそらく軽く超えている。160cmの私は簡単に埋れてしまう。長身の圧に少し身を引いてしまえば黄瀬君が「ちょっと、ゴツい人達が水野サンを囲まないで欲しいっス!怖がってるじゃないっスか!」と本人の事は省みずフォローを入れてくれた。
そして、あれやこれやともみくちゃになるようにレモンの蜂蜜漬けに群がっている中、一人だけ自分のドリンクを口に含んでいる人がいた。言わずもがな、笠松先輩だ。彼はこっちに見向きもしようとしない。
やはり私は、笠松先輩に完全に嫌われているようだ。そもそも初対面があれだ。しょうがないと思うし、そもそも今日の騒ぎを起こした原因も私のようなもの。彼は真面目なようだし、そんな私が気に入らないのだろう。だから距離を取るように自分だけ離れているのかもしれない。

「…、」
「…?あ、笠松センパイっすか?あの人いつもこんな感じなんで、気にすることないっスよ!ちょっとコレ貸して!」
「え、黄瀬君?!」
「センパーイ!」

黄瀬君は半ば無理矢理私の手からタッパーを受け取ると、事もあろうことか笠松先輩の方へと駆けていった。その事を予想していなかった私と笠松先輩は同じような反応を取る。

「…」
「…、」

笠松先輩は自分で距離を取っているという自覚があったのか、タッパーに手を伸ばすのが億劫そうに見えた。一つレモンを手にとって食べてくれたものの、チラッと聞こえた感想は「わぁってるよっ!!」と「…そうだな」だけ。
ドキドキしながら二人を見ていると、一度だけこちらを振り向いた笠松先輩と目があったが、すぐに凄い勢いで逸らされた。それが、私がよく思われていないという決定的な出来事だった。

その後の試合の海常は監督である顧問の支持により黄瀬君はかなりの制限を付けられて試合をしていた。圧倒的な点数にもはや相手は戦意喪失状態に近かったが、午前中も出ていない黄瀬君をこの後出さない訳にはいかない。だから4つのファールをもらったことを前提にプレイすることになるそうだ。それでも付いてしまった点差は、元々海常が格上の為縮まるということはなく、ダブルスコアで幕を閉じた。








*****

どうしよう。小堀先輩と仲良くなってしまう。




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