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「…どうもっスー」

その後黄瀬が職員室に行けたのは、部活が終わって、最終下校の時間間近だった。
三浦高校一年、水野有希。それが彼女の名だった。三浦高校と言えば確か一番上の姉が通っていた高校で、そのことを伝って自分を推薦しようとしていた学校だった。数ある高校の中でその事を何故覚えていたかと言えば、それは姉の母校であるのと、なかなかに勧誘の方法が強引な印象を持っていたからだ。だがバスケ部自体は弱小に入る部類。例え黄瀬がワンマンプレーでチームを勝たせて行ったとしても到底I.Hでは通用しない事をその監督は分かっていなかった。
それに元々女子高で、最近共学なったとは言えそれでも圧倒的に女子の比率が高いというのを聞いて早々に選択肢から外していた学校だった。女子が嫌なわけではない。だが中学からの女子の対処の事を考えると、ここの高校に通えばそれが何割か増して自分に襲いかかる。その労力のことを考えただけでちょっとげんなりした記憶はまだ新しい…。

「水野…サン、スか」
「ええ。でも暫くは練習試合なんてないから、渡す機会なんてないわね…」
「あ、じゃあ俺が渡すんで。姉貴の母校だから場所も分かるし」
「あらそう?」
「ハイっス!…あ、センセー。水野サンってテニス上手いんスか?」

ちょっとした出来事からの質問だった。このキーホルダーを渡してしまえば接点なんてなくなってしまうわけだし、ちょっと喋ったからと言って友人ってわけでもない。だから、彼女から柑橘系の匂いがしたとか、このストラップだとか、話した帰り際にちょっと面白い子だなと思ったことだとか、そんなことから来る些細な興味に一つに重ねるだけ。そんな気持ちで聞いてみた。

「水野さん?彼女はそこそこの実力者よ。だけど、ねぇ…」
「…?」

……………
………


「……く…?」
「…え?」
「ああ、やっぱり黄瀬君じゃないか。何やってるんだそんな所で」
「あ…どうも」

目の前にぶら下げたストラップに気を取られたからだろうか。それとも先日の出来事を思い出していたからだろうか。後ろから声をかけられたことに全く気付かなかった。有希が気づいてくれたのかと思って笑顔で振り向けば…そこにいたのは確か、自分をこの学校に勧誘してきたバスケ部顧問だった。黄瀬は完全に自分の感情をコントロール出来るほど大人ではない。だから、思わず眉間による皺は自分でもどうしようもなかった。

「あー、よく俺だって分かったっスね!」
「帰ろうとしたら見覚えのある金髪が見えたから、もしかしてと思ってね」
「そっスか。一応これまで気づかれてなかったんスけどねー」
「イヤイヤ、ちゃんと分からなかったよ」

きっとこの顧問も黄瀬の眉間のシワには気付いている。だけど見て見ぬ振り。黄瀬も顧問の口元が笑ってないのは分かっているが、だけど見て見ぬ振り。
…きっとこの人、俺が勧誘断った事根に持ってるんスよね。
モデルになって空気と言う物に聡くなった。そして人の悪意にも。特に目の前の人物はそのことを隠そうとしていないから達が悪い。
黄瀬はその事にちょっとムカッときたので、崩れそうになる表情を何とか繕いながら口を開いた。

「センセー確か…バスケ部顧問だったっスよね?やけに早いお帰りなんスね!」
「…今日はちょっと用事があってね。バスケ部には自主練を言って来た所だよ。君もかなり早いじゃないか。部活は休みだったのかな?」
「まっさかー!海常っスよ?用事があったんで、皆自主練してたんですけど…部活が終わってこっちに飛んできたんス」
「ほぉ…流石『キセキの世代』ともなると余裕だな。通りでうちの学校が断られる訳だ」
「その名前は周りが言ってただけっスから」
「イヤイヤ。推薦を断った高校の前で堂々と立っていられるなんて、余程度胸がある奴か意地の悪い奴だけだよ」
「いやー、そんなに褒められると照れちゃうっス!」

当たり前の様に意味を前者で取って、照れ隠しにいつもよりワックスを控えめにしていた髪をクシャリと撫でる。勿論貶められているのはわかっている。だけどここでそんな安い挑発に乗るつもりはなかった。その事を顧問も察したのか、黄瀬に気づかれないよう(気付いているが)舌打ちを小さく鳴らして言葉を繋げた。

「…まぁいいさ。とにかく君も男とは言え、もう暗くなる。用が何かは知らないが、早いうちに帰りなさい」
「どうもっス!」

…全く。どんな世の中にも嫌な大人はいるものだ。大人気ない。
顧問が最後の最後で仮面を剥がしかけた状態で去って行くのに対し、黄瀬は最後まで笑みを絶やさなかった。勿論少し眉間の皺はあったが。それでも相手は社会人だ。最後まで体裁さえ繕えないなんてと黄瀬はその小さな後ろ姿を横目で見ながら思った。

「…あー、水野サンまだかなぁ」

辺りはそれなりに暗くなってきている。校舎の方も喧騒というより人のざわめきの方が大きくなってきている事から、大方の部活は終わっているのだろう。出てくるタイミングさえ分かればこんな所で待ちぼうけせずに、しかもあんな顧問に絡まれなくて済んだのに。…と思ったところで、そう言えば彼女の番号を知らない事に気付いた。そもそも自分は、メアドすら知らない。

「(ああ、それも聞かなくちゃ)」

そんなことを考えていると、フワッと身に覚えのあるグレープフルーツの香りが横切った。

「…いた」

自分の目線の先には待ち兼ねた水野がいる。どうやら自分の変装は彼女の目も眩ませたらしい。見つけた時も既に視覚ではなくグレープフルーツの匂いを頼っている自分がいる事に何と無くふふ…と笑いが漏れてしまった。

「水野サン、…」

そう声をかければすぐ振り向いてくれる自分よりもちっちゃな背中。そして振り向いた彼女は大きく目を見開いて小さな声でたどたどしく自分の名を呼んでくれた。隣にいる友達も前回と同じ子だったみたいで、気を利かせて「私は先に帰っとく」と言ってくれた。その時に友達の子が自分に向かって小さく声に出さず「せいぜい頑張って」と動いたのも見逃さなかった。
その意味が分からない黄瀬では無い。ついさっきまでそんなつもりはなかった筈なのだが、それでも自分の今までの行動やその時に伴う気持ち。そんなのを見返すと、やっぱりそうなのかもしれない、いや、そうなのだと確信を持てた。
他人に言われて気づくなんて自分らしくない。だが、自分の気持ちが他人にあっさりバレてしまっている自分は、やっぱり先程の顧問を謗ることは出来ないのかもしれない。

顧問に会って不愉快だった気持ちだったのに、そこにはどうしても口角が上がる、自分がいた。








*****

黄瀬は好奇心→恋に発展しそう。もしくは一目惚れ。自分の気持ちはちょっとした拍子に気付いて、自分で気付くか他人に指摘されて気付くか、の違い。気付いたらああ、そうなんだって、あっさりと受け入れられそう。少なくともこの小説はそんな感じ。…って、これ書いてる時に思ったんだけどね!←おい
だから周りからすれば結構バレバレだったらいいや。

あ、作中で出てきたストラップはノーソンで「柑橘貴夫人」という商品を買って手に入れたらしい。一個二百円。
はい、どうでもいいですね←




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