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見た目はごくごく普通だと思う。まぁ敢えて言えば中の中のちょっと上、みたいな位置。第一印象もちょっと真面目そうで、あの部活仲間といる時は…イジられ役かな。でも孤立してるわけでもなく。そんなごくごく普通の…あ、でも通り過ぎる時にちょっとだけ柑橘系の匂いを残していく、普通の女の子。
だから初めて目が合うのはやけにテンションの高い、色んな意味で存在感があった彼女のチームメイトだったはずなのに、目が合ったのは何故か彼女だった。

「ふっふー、今日はバレないっスよ!」

視力は別に悪くないけど、普段なら絶対選ばないようなダサい黒縁メガネをかけて。ちょっと着こなしてる感を出してた制服だって、ちゃんと前を閉じてネクタイもちゃんと締めた。本当は帽子でもかぶって目立つ金髪を隠したい所だけど、流石に制服にそれはないのでいつも付けてるワックスを控えめにしてみる。プラス普段は読まないような地歴の単語集なんかを開いてみる。するとどうだろう。モデルでバスケット選手の黄瀬涼太君は、真面目なただの学生に早変わりなのです。
実際、目立つ長身の他校生が校門の前にいることで一目はチラリと見られるものの、冬が近づいてきて辺りも暗くなっているせいか、近寄ってサインを強請られる事もない。自分の変装が上手くいっていることに自信を持った黄瀬は、一人得意気に笑った。

携帯を取り出そうとして、自分のポケットに入っている一つのストラップの存在を感触で思い出す。そして思い出しついでに、探って取ってみる。

「プッ…本当なんなんスか、コレ。何か毒々しいんだけど。どうせなら普通のとか…」

口では不満が沢山零れ出るが、その後に続くのはちょっとした苦笑。そのストラップは昨日有希に返したオレンジのストラップのシリーズ物だった。パッケージを見れば…黄瀬の当たったものは「ブラッドオレンジ」という種類らしい。見た目は有希のストラップと同様。唯一違うのは色だった。グレープフルーツに近い、またはそれ以上の少し赤混じりの鮮やかな色をしていた。
普通のオレンジしか目にしたことのない黄瀬にとってその色は、違和感の他の何物でもなかった。コンビニでこの商品を見つけた時、有希のストラップと同じやつだ。と認識した時には何故か手にとっていたから、今どうこう言ったところでどうしようもないのだけれど。

「…」

彼女…有希に会ったのは一週間以上前。そして、今日自分が彼女の高校である三浦高校に来ることも言ってない。だけど、自分がこうして再び三浦高校の門の前に立つことになったのは、有希のあの言葉だった。

『「ああいうのはTVとかサイトで見るのとはちょっと違うじゃん。だけど実際になんてそうそう見れないしね」』

先週、ダンクの話になった時の言葉だ。この言葉が、今黄瀬をこの門の前に変装までして立たせている。

*****

そもそも、最初に話しかけるつもりはなかった。だけど外に出た時にフワッと柑橘系の匂いが鼻について。しかも見覚えのある顔だったから、頭で考えるより先に口が出ていた。

「……あ、アンタさっきの…」

しまったって、思った。目の前にいる子とは喋らなかったが、一緒に居た子たちはかなりお喋りな方だったから。今から帰るつもりだったのに、捕まったらまた先輩達にドヤされる。
…だけど言葉に詰まったのは相手も同じようで。取り敢えず慌てて話しかけた自分から話題を振った。

「あー…。えっと、さっき少し話したっスよね?あのグループでいた」
「え?ああ…まぁ、はい…じゃなくて、うん」

あわあわとした感じで答える目の前の子。何がおかしいな、と思っていたら、急に頭を下げ出した。まぁ言ってしまえば、それから一気に彼女の印象が変わっていった。

そして彼女が帰る時に落としていったオレンジを輪切りにしたストラップ。最初に柑橘系の匂いがした事とレモンの飴を思い出して笑そうになったのがロスとなって、結果引き止めるため声を張り上げた時には彼女は走って行っていた。余程仲間達にアイスを奢りたくなかったと見る。
だけど、そんなに離れてなかったのに張り上げた声が聞こえないってどんなに必死だったんだよって、後でまた笑ってしまった。

「…んだそれ。お前こんな物持ってたか?」
「いや俺のじゃないんス。ほら、今日俺の応援に来てくれてた子に、一つに結んだ子がいたでしょ?その子が落としてったんス」

次の日。練習前の部室で昨日の事をそんな風に思い出しながら彼女…有希と言うらしい。有希が落としていったストラップを机に頬杖を付きながら眺めていると、後ろから笠松の声が聞こえた。誰かが近づいてきてるのは足音で分かっていたことなので、黄瀬も特に驚かずに返事を返す。

「ああ…あの煩かった奴らの。んなもん事務室にでも預けりゃ良かったのに」
「んー、そうなんスけど。でも俺と話した後に落としてったんでなんか、ねぇ。それに面白い子だったんスよー!」
「もしかしてお前が運命の子とか言ってた奴か?」
「その子っス森山センパイ!その子、テニス部なのにラケット忘れて帰ってたんスよ!」
「おお…ちょっと抜けてる所が可愛いな!おい、黄瀬。お前その子紹介しろ」
「メアドも高校も知らないっス、俺」
「使えないな、黄瀬」
「…俺は好かねーな。ラケット忘れるってことは、自分の競技に対しての思い入れがその程度って事だろ?そう言うのは嫌いだ」
「笠松先輩厳しい!何もその子わざと忘れたわけじゃないっスよ!本当に慌てて取りに来てたみたいだし。…あっ、それにちゃんと騒いだ事も謝ってくれたんスよ?頭下げて」
「…俺が嫌だってだけだ、別にいいだろ」
「ふぅ…あの女子を睨んだ後に悶絶してた奴の台詞とは思えないな」
「ほっとけっ!…それ、届けるんだったらテニス部の顧問に聞いてみりゃどうだ?うちと練習試合したって言ってたんなら高校と名前ぐらい分かるはずだろ」
「あ、はいっス…」

笠松があの騒いでいた有希の仲間にいい感情を抱いていないのは知っていた。だから今は有希までも嫌悪の対象に入っているらしい。特に笠松は、自分がバスケに感情を入れ込んでいる分、スポーツに対して真摯に向かってない人をよく思わない傾向がある。
…あれでいて、笠松先輩も頑固な所があるっスからねぇ。
あの派手な子達はともかく彼女は違ったのに。と思いながらも黄瀬は、笠松の言う通りにテニス部の顧問の所へと向かった。










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