シトロン







毎日同じ時間に流れる放課後のチャイム。
ラケットとスポーツバックを肩に提げて、私はそのチャイムを合図に教室を飛び出す。
部室に着けばチームメイトと少し談笑しながら練習着に着替えて、いつも学校生活ではおろしている髪を、腕に付けてたヘアゴムで少しきつめに縛って。今から乱れることは分かった上で鏡の前で髪をちょちょいと整える。
…今日も爽やかな汗とドロドロの思念が入り混じる、そんな青春の時間の始まりだ。


*****


「やっば…今日も先輩ら容赦なかったよ…」
「疲れたーー!」
「昨日、私らが黄瀬クンと喋れた事が気に食わなかったらしいよ」
「私らだってそんな喋れてなかったっつーの!一杯喋ったのって有希だけじゃない?」
「へ?私だってそんな喋ったわけじゃ」
「一対一とかうらやましぃー!!」

十月中旬、晴れのち曇り。空気はちょっと乾燥気味。それ以外は至っていつも通り。ついでに皆のテンションもいつも通り、正直ウザいです、まる。
高校生ながらに部活と勉強とモデル業を全て並立させているスーパー男子高校生、黄瀬涼太と数分ながら話を出来たのはつい昨日の話。そして皆のブーイングの嵐にイラッときて、ついポロリとその事を話してしまったのはその後の話。今考えれば、黄瀬涼太と一対一で話したとか言うのは確かに凄いことで、でもその時に黄瀬涼太に感じた「普通の男子高校生」と言う印象も確かにまだ私の中に残っていて。なんだか頭の整理がつかないまま皆に帰りのバスで質問責めにされ、疲れも倍増。今日もその疲れを引きずっていても、仕方はないと思うのです。
しかも、先輩達も私が黄瀬涼太と少し話したという話を何処かで聞いたのか、やけに私は練習で扱かれた。そんな疲れの上から、再び降ってくる攻めをのらりくらりと躱しつつ校門を目指していると…普段では考えられないような人集りが校門の所に出来ていた。

「?何あれ…」
「さぁ?何かTVでも来てるとか」
「なんで」
「知らないってば。テキトーだよ」
「ま、それもそうか」

いつもなら好奇心を沢山携えて野次馬に行く私達だったが、今回はパスとばかりにその人だかりを避けた。それ程までに疲れがピークに来ていた。正直、あの人集りの様に甲高い声を出してテンションを上げる気にはなれないし、やろうとしてもできないと思う。
この時間帯なら皆部活生だろうに、よくやるなー…何て思って私と友人は、側を通り抜けようとした。その瞬間。

「っと、あぶねー。捕まえたっスよ!」
「…は?」
「つれないっスよ!せっかく部活終わってダッシュでこっちに来たのに、声かけてくれないなんて」
「え…いや、あの…」

校門の前の人集りは別にTVのせいではなかった。…いや、いっそTVの方が良かった。
聞きたい事はざっと沢山浮かぶ。何でここにいるのとか、何でわざわざ部活終わりに来たのかとか、何でこんな人集りができてたのかとか。…最後のは言わずもがなだが。
でもとりあえず、今一番聞きたいのは。

「何で、私?」

そう、これ。まさにこの質問である。
隣の友人にギチギチと鳴る首を回して視線を向けると、これまた嫌な位置で口角が引きつっている。その引きつった笑顔に私も似たり寄ったりな笑顔を返す。
さっきまでそこまで気にも留めなかった人集り(ほぼ女子)に視線を向けると、返されるのは嫉妬の炎を燃やした視線。部活動生の皆さん、どうかその闘争心的なものは部活で出して下さい。その迫力だったら、きっといい結果が出るはずだから。
私の引きつった顔と皆が私に向ける視線から何かを黄瀬君は…いや、敢えて今は黄瀬涼太と呼んでやる。黄瀬涼太はちゃんと感じ取ってくれたらしい。一丁前にカッコつけた苦笑を漏らすと、事もあろうことか、やっぱり固まっている私を自分の方へ引き寄せて皆の方へと向き直った。

「えーっと、すいませんっス。今日俺この子に用があってきたんで、これで失礼させてもらうっス!サインとかは、また機会があった時に!」

ごめんね!とモデルに、ちょっと可愛げに、本当に申し訳なさそうに大きな片手を顔の前で構えて謝られてブーイングを漏らすやつなんでどこにいるだろう?
相変わらず嫉妬の目は私に向けられたままだったが、その言葉で場の空気がちょっと緩んだ。そしてその隙に黄瀬涼太は私を連れ出すように引っ張った。

「ゴメン、ここじゃあれだから…少し歩いてもいい?」
「嗚呼…ハイ」
「え、大丈夫?歩けるっスか?」
「うん…だ、大丈夫…?」

ああ、もう本当に意味がわからない。
取り敢えず友人は状況から一緒に帰れないという事を察してくれたようで、私が視線をやった時には既に歩き出していた。そして後ろ姿から手を振ってくれた。なんてイケメン。
黄瀬涼太…黄瀬君は何故か私の手を掴んだまま、行きつけらしいコンビニの前まで私を連れて行った。聞く人が聞けば本当に羨ましいと言われるような状況だ。それを…うん、本当になぜ私が体験しているのだろう。しかもちゃっかりといつの間にかコンビニで暖かい飲み物を買ってくれていた。用があっていきなり来たのは自分だから奢らせてくれと言われたが、それは全力で自分の分は払わせてもらった。何なんですか。今の男子高校生はこんなスマートに女の子を立ててくれるんですか。黄瀬君が規格外なのですか。確かにちょっと好感度上がったぞ、こんにゃろ。

「えーっと…なんか聞きたい事が多過ぎるんだけど…」
「何?俺の番号とか?」
「いや、違う」
「即答っスか!」

混乱してる頭で冗談を言われてもまともにしか返せない。そしてその私の返答でガーンと言う背景が見える黄瀬君…あれ、こんなキャラだったっけ?だけどその後には爆笑した。
解せぬ。この人は私で遊びたくてここに連れてきたのだろうか。
黄瀬君はコンビニと向き合うように、私はコンビニを背にして立っている。だから通りからチラッと見ただけでは本人だと気づかれることはないと思われる。ちゃんとその事も頭に入れた上の位置なのだろう。だから…行ってしまえばこの満開の笑顔もひとりじめしているようで、ちょっと優越感に浸れた。それがどうしたといえばそれだけだけど。

「アハハ…ごめんごめん。今日の俺の用事はこれっス、これ」
「あ…これ私の!」
「うん。昨日水野サン落としていったでしょ?」

ニシシ、と笑う黄瀬君の手にはとても見覚えのあるストラップ。私が昨日失くしたと思い込んでいたオレンジのストラップだった。少し気に入っていたものだったのでなくしたと気づいた時には気を落としたものだったが、まさかこんな形で再びお目に掛かれるとは思わなかった。ホイッ!っと黄瀬君が差し出してきたので、私は感謝の言葉を述べて受け取った。
…って、ちょっと待て?

「今、名前…」
「ストラップ」
「…え?」
「水野サンのラケットケースについてたストラップに書いてあったんスよ。そんでうちのテニス部顧問に聞いてみたんス」
「うちの?」
「!そう言えば水野サンは知らないんだっけ。…俺、海常高校なんスよ?」

海常高校一年バスケ部黄瀬涼太、ヨロシク!
そこまで言われて、そう言えばお互いまだ自己紹介をしていないことに気づいた。黄瀬君は結果的に私の名前を知ったみたいだけど、私からは何も名乗り出ていない。

「三浦高校一年テニス部水野有希、です。こちらこそよろしく。…って黄瀬君、海常生…?」

あれ?確か私の昨日の練習試合の相手も海常、って…!!

「ゴメン!私知らなかったから失礼なこと言ってた!」
「はは、いいっスよ!全然面白かったんで!…今日はちゃんとラケット、忘れてないんスね?」
…いや、あれはちょっと感動?してボーッとしてて」
「は、感動?」
「…バスケの試合。最後の方凄く接戦だったでしょ?その事思い出してたら…忘れちゃって…」
「?水野サン、バスケ経験者とか?」
「ううん授業だけしか。だけどバスケは好きだよ、やるのも見るのも」
「ふーん…」
「あれだよね。3Pとかレイアップとか、見るだけで感動ものだよね。自分が出来たらもっといいんだろうけど」
「ええっ、やっぱバスケの花形っつーたらダンクっしょ!こう、バシッと!見てる方も痛快じゃないっすか?」
「え?ダンクなんて見たことないもん。それに私、レイアップとかいくらやってもできないから。何か憧れるんだよね」
「ええ、是非一度見て欲しいっす!」
「そんなこと言ってもね」

間近にそんな事出来る人、いないでしょ。
ダンクシュートという存在は知っている。多分、バスケに浅い人でもそれぐらいは知っている。だけど実際に見たことがある人は絶対に少ないと言える。確かスポーツの教科書でも難しいって書いてあったし。

「ああいうのはTVとかサイトで見るのとはちょっと違うじゃん。だけど実際になんてそうそう見れないしね」
「へぇ…うん、まぁそうっスよね」
「…何、その何か企んでそうな顔」
「え?そんな顔してるっスか?」
「うん、思いっきり。もしかして黄瀬君、感情隠せない人?」
「そんなことないっスよ!」

しかし、黄瀬君の口元は未だ上がったまま。口ではそう言っても黄瀬君は感情を隠せないようだ。ふーんと、これまた私もニヤニヤとした顔で見れば黄瀬君は慌てて体裁を取り繕うようにゴホンと咳をした。
やばい、この人面白いかも。

「…ってそんな俺の事はどうでもいいんで!…ハイ!これ」
「…え?」
「この前の飴のお礼っす!コンビニので悪いんすけど、なんか新商品らしいっすよ」
「え?!あれだけでこんなのもらえないよ!」
「いいのいーいの!俺があげたいんスから!それに水野サン、こういう柑橘系好きでしょ?」
「そうだけど…」
「そうっスよね!」

そう言って黄瀬君の手から手渡されたのはコンビニで売ってた新商品のチョコレート。シトロンのチョコレートだった。今朝私が買おうか迷ってたものだった。何で黄瀬君が私の好きな物を知っていたんだろうとびっくりした顔をすれば、黄瀬君はしめたという顔で笑っていた。

「じゃ、俺の用はそれだけっスから!また会おうね!」
「ちょ、ちょっと黄瀬君!」
「じゃーね!」

有無を言わせず私にチョコレートを握らせる。思わずそれをガン見していれば、いつの間にか黄瀬君は遠くで私に手を振っていた。…あの、何時もの素敵な笑顔を残して。
どうやらこれを返すタイミングも無くなった。

「…あれ?あの人また会おうって…?」


…そんなバナナ。
私は広いその背中を呆然としながら見送った。








*****


会って一日しか経ってない人の好みを言い当てるなんて、何て人…!!…と思いながら書きました。この話では黄瀬くんはスレませんが、悪い方向に取ればストーカーじみているかもしれない←おい
大丈夫!デルモはヒロインを困らせるような事はしないはず!




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