エアコン事変


異様に高い気温、異常気象の数々。今年の夏は少し元気が良すぎるようだ。

今日も帰宅した面々が「ただいま」と共に寮の涼しさを叫んでいるから、きっと今日も暑いのだろう。ニュースキャスターが明日は今年一番な暑さだとか、熱中症対策は云々と天気予報を繰り返しているのが横目で見えた。





「暑い」

変化は突然やって来る、とは言うけれど。学校から帰宅した天馬がそう呟いた瞬間に現れようとは誰が思ったか。
MANKAI寮全体に、ゴウンと異様な音が響いた。

「ん?何、いまの」
「知らねえ」

臣の作ったおやつを前に自撮りをしていたはずの一成が腹を抱え息を詰まらせながら笑っている。やっぱり天馬の一言が見事に被っていたと、そう思ったのは私だけではないらしかった。
一成はひいひいと息を詰まらせながら、ぽかんとする天馬を激写する。器用なことで。
浮かんできた笑いを咳払いで飛ばしてからやっと、天馬におかえりの一言をつけた。


まあ、そんなこんなで謎の事件は謎のまま闇に……葬られてくれれば良かったのだが。異変に気が付き始めたのはそれから15分もした頃だ。

冷えていない部屋から逃れるようにやってきた幸が、咲也と共に出稼ぎから帰ってきた椋が。揃って声を上げる。暑い、暑すぎる。

冷房の効いた部屋とは思えない室温と、クラクラしてきた頭が危険信号を出している。やっぱりおかしい。

「照明係さん。今時間あるか」
「なんでしょう?」
「106号室の冷房が止まっ……この部屋もじゃねえか」

この事件が確定となったのは左京さんの一言であった。どうやらリビングだけではなく全部屋の冷房が一斉に壊れたらしい。よく考えてみれば涼みに来た幸を見ればわかったはずなのだが、気付けなかったのはきっと熱に浮かされたせいだ。一成は未だに暑いと言いながら喉を詰まらせて笑っている。酸欠にならないだろうか。少し心配になってきた。

照明係だけあって機械には詳しい方な自信はあるものの、流石にエアコンは守備範囲外である。左京さんに頼まれて見てみるも結局わからずじまいであった。左京さんは業者に掛け合ってくれているが、今はお盆だ。正直見込みがない。

「ソファ冷え冷えだ〜」
「本当だ……!三角さん大発見です!」
「ソファで涼むってなんなの」

暑さが高じてか、幸のツッコミはいつもより僅かに鋭い。そうしてる間にも着々と、ここは室温を上げていき、ついに耐えきれなくなった誰かが俺部屋に戻るなんて言い出した。

「真澄くん落ち着いて!部屋に戻っても涼しくないよ!」
「うるさい」
「名前、あれどうにかして」
「幸、なんで私なの」

電話を終えた左京さんの反応を見るに今日の回復は見込めなさそうだ。20人近い男女が同じ屋根の下で暮らしているこの場所が使えないというのはあまりにも痛い。ホテルを取るにも左京さんが予算云々で頭を痛めてしまうだろう。だからと言ってこの熱をどうしろというのか。

役者の卵を、更には本物の俳優までいるというのにここで集団熱中症は流石に笑えない。

「だめですね、劇団の方も冷房設備故障してます」
「悪いな、皆木。……今日公演がなかったのは不幸中の幸いか」
「やっと帰ってきたと思ったらなんでここまで暑いんスか〜」

綴や左京さんの相談、他メンツの愚痴がぐうたらと辺りを駆け抜ける。余計に暑苦しいわ、重い口を開こうとした時には天馬が切れていた。さすが夏組、暑いです。そうは思っても口には出したくない。

「ちなみに、いつ修理来てくれるんですか」
「明後日だ」
「おお、なんと……明日も耐えることになるのかい?」
「もっと言うと明後日の夕方だ」
「流石にそれは全滅するだろ」

一同の目は最早諦めというか疲労でいっぱいになっている。よく見てみれば、密はよくわからないけれど、東さんと幸は確実にやられてぱたりと行っていた。

これが、あと2日も続こうと言うのか。

先の見えない勝負に何かのプライドを落としかけた頃のことだった。



「こう言うのは叩けば直るって相場が決まってるっすよ!」
「太一落ち着け」
「壊したら更に修理費が……」
「何でもいいけど暑い」

一斉に静止にかかる常識人組(と私は勝手にそう呼んでいる)を横目に夏組の面々がまだ唸っている。太一はボールを手に取ると「物は試しっす!」なんて言いながら、思いっきりエアコンに向けて放り投げた。嫌な音を立てながらエアコンが崩壊、を予想していた面々にゴウンというどこか聞いたことのある音が届いた。

「えっほ、ほんとに動いたっすよ!」

のそのそと顔をそちらに向けるとたしかにそれは冷たい空気を吐き出して、なんということか正常に稼働している。

5分もすればリビングは26,7度程度の涼しい室内環境を取り戻して憩いの場に戻っていった。どうやら他の部屋は明後日の修理待ちらしい。

会社帰りにゲーセンで時間を費やし見事地獄のリビングを回避した至は、ケロリと「どっかのファミレスにはなんでもしてればよかったのに」なんて言ったがために周りから睨まれていた。自業自得である。更には苦労した万里と太一が共闘し、妥当たるちなんて看板を掲げていたがどうなることやら。干物ゲーマードンマイである。

「一度止めたら動かなくなりそうだね」
東さんの一言を恐れてか、あのケチケチ左京さんでさえ丸1日冷房を止めなかったそうな。


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