寂しげに、錆色の枯葉が揺れる木の上から見ていた夕空が、藍を帯びて暮れていく。
犬夜叉が空を眺めながら、時折ちらりと視線を送る先では、かごめがひとり懸命にペンを走らせていた。
オレンジ色が薄く差す教室で、机にかじりつくかごめが、ようやくペンを置いたのは藍がいっそうと濃く染まった頃だった。
東の空に薄く月が浮かび始めると、あっという間に夕日は沈む。
ため息をつくかごめが鞄を手に取ると同時に、暗くなり始めた教室の扉を犬夜叉はがらりと開けた。

「終わったか?」

「あ、またこんなとこまで入ってきて。帰っててって言ったじゃない」

「うるせぇ。おめぇが遅いからだろ」

マフラーを整えるかごめに、不機嫌さを少しも隠そうとせずに犬夜叉はそう答えた。
その眉間の皺に『だから帰ってって言ったのに』と、そう言いかけて、かごめはふと窓の外に目を向けた。
沈々と暮れゆく空には夕日など面影ほどしかなく、家々の明かりが目立ち始める。
犬夜叉の組んだ腕の中に、隠しきれない優しさを見つけて、かごめは聳やかし始めていた肩の力を抜いた。
そうだ、彼は誰よりも愚直なくせに素直ではないのだ。
だからこそ、この寒空の下で、あれほど待ってくれていたのだ。

「仕方ないじゃない。なかなか学校に来られないし、追い込み時期なんだもの」

とはいえ、それをただで受け取ることもできない。
わざとらしくぷくっと膨らませた頬と言葉に、犬夜叉の眉がぴくりと動く。
少しばかりばつの悪そうな表情は、数か月前では考えられなかった。

「でも、ありがとね。待っててくれて」

かごめが素直な言葉で微笑めば、犬夜叉は瞳を少しばかり丸くして、鼻の頭を掻きながらそっと視線を反らした。


「う〜〜、さむーいっ」

外へ出た瞬間に、夜の空気が隙間を縫って肌を刺す。
かごめは口元までをすっぽりとマフラーに埋めながら、細やかに光る星の少ない空を見上げた。
吐いた息の白さはきっと井戸の向こうと変わらない。
向こうにいる仲間たちは、今頃何をしているのだろうか。
きっとこの時間であれば、もう夕食は済ませただろう。
昼食以降、黒板や机と向き合い続けたかごめの腹は、もうすでに空っぽだ。
(お夕飯、あったかいものがいいなぁ)
かごめは鳴り出しそうになる腹を押さえながら、温かな食卓に立ち上る白い湯気を思い浮かべた。
人影のまばらな路地で、ふたつの足音が同じ歩調を刻む。
珍しくふたり交わす言葉が少ないのは、しんと落ちる夜の色のせいだろうか。
決して気まずいわけではないものの、どことなくむず痒いような感覚に、かごめはちらりと犬夜叉を盗み見た。
真っ直ぐに前を向く瞳は夜でも眩い。
時折、乾いた風に吹かれる銀髪もさらりと音を立てながら、ちらちらと光の粒を残していく。
震えそうなほど薄い衣の下にある身体は、強靭でしなやかであることをかごめは知っている。
きっとその身体はこの寒空の下ですら温く、雪の冷たさをも溶かすだろう。
その証拠に、衣の端から見える指先は血色よく染まっている。
(あったかそう……)
はぁ、と息を吹きかけた自分の指先は、じんと凍えてほの赤く、氷に触れていたかのように冷たい。
かごめのその一連の動作に気づいた犬夜叉がつい、とそちらに目を向けた。

「さみぃのか?」

「ん、手袋忘れちゃって」

春を感じ始めたとはいえ、その気配はまだまだ淡い。
冬の色は濃く、陽が沈めばそれは微かな麗かさを飲み込む。
明日はきちんとつけてこようと、かごめは箪笥の端に仕舞った手袋を思い浮かべた。
そしてもう一度温めようと揉んだ指先を口元へと近づけると、ぐいとその手を引かれた。

「……何もねぇよりはましだろ」

無骨な厚い手のひらが、かごめの両手をそっと包む。
硬い皮膚を抜ける温かさが、柔い肌を透かしていく。
はぁ、と吐きかけられた吐息が熱い。
まるで火傷でもしたようにじんとした指先はしっとりと湿る。

「え、あ……」

きっと焼けてしまったのは、その手だけではない。
だって身体が、頬が、頭の奥底が、茹るように熱いのだ。
かごめが睫毛の先さえも熱せられたような感覚のなかにいることなど、犬夜叉は知ることもなく、自分の手のひらにすっぽりと収まる柔い手を、ただほそやかに温める。
そしてその片方だけを、丁寧に隙間なく合わせると、きゅっと握った。

「片手だけだけどよ」

「……ううん……あの、ありがと」

かごめはあまり見ない、犬夜叉の甘い仕草を息もつけずに目で追った。
街灯の灯りのなかで繋がる影は、つい先ほどよりも色濃く落ちる。
とっぷりと暮れた空は陽を脱ぎ捨てて夜を纏う。
通り抜ける夜風は冷たく肌を刺す。
家の明かりはもうすぐそこだ。
けれどもーーーー

「あの、ね、犬夜叉」

優しく繋がれた手を、まだ離したくはない。
あと少し、犬夜叉とふたりきりのこの時間を過ごしたい

「あの、少しだけ、寄り道してもいい……?」

絡んだ指をきゅっと握りしめながら、かごめは言った。
ほんの少しだけ震えた声が、小さな唇から零れて、落ちる前にぴんと立った耳がしかと拾った。
俯く目蓋の色は、犬夜叉にしかわからない。
先ほどよりも冷えてしまった手の甲を、硬い指先がつ、となぞる。

「……おう」

想いを寄せる夜は、ひそやかに更けていく。
寒さを忘れたふたりの影は、もうしばらく解けそうにはない。



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