笛の音ような音を立てながら吹いた木枯らしが、大きく髪をかき混ぜる。
 以前より少しばかり伸びた髪を整え、かごめは冷え始めた身体を温めるように腕を摩った。
 同じようにじんとしたつま先も、足袋の中で細かく擦り合わせる。
 瑞々しい青葉の縁に、やんわり秋の気配を感じ始めてまもなくした頃、犬夜叉から贈られたものだ。
 当初はいらないと言ってはいたものの、今となってはもう手放せないでいる。
 村人の誰ひとりとして履いていないそれを、自分だけが身につけるなどできないとそう言えば、翌日犬夜叉は楓の分まで誂えて、『これでいいだろ。見てるこっちがさみぃんだ』と、不器用な物言いでその手に足袋を握らせた。
 その、そっぽを向いた赤い頬を思い出し、胸にほわりと灯りがともる。
 たったそれだけで震えた身体も温もるのだから、なんとも単純なものだ。
 ふふ、と微笑んで、かごめは遠くにある村の入口に目を細めた。
 最近では日没も早くなり、山の向こうはもう柔らかく色を変え始めている。
 陽が顔を出すと同時に仕事に出かけた夫は、もうすぐ帰ってくる頃だ。
 きっと、豊かに揺れるこの薄の向こう側から、夕焼け色をした衣をはためかせ、飛ぶようにして帰ってくるだろう。
 それとも弥勒と軽口を言いながら、手を振るかごめの姿を見つけては、それに少しばかり照れたように口を結ぶのだろうか。
 そうやって犬夜叉の帰り姿を予想するのが、ここ最近のかごめの楽しみだった。
 (きっと、そろそろ)
 籠いっぱいに摘んだ野花や秋の実りの匂いが、風に乗ってかごめの鼻をくすぐる。
 辺りに生い茂る薄を傾き始めた陽が照らせば、白い花穂は滲むように茜色に染まった。
 まるで犬夜叉の髪のようだ。
 さらさらと流れる銀髪は、夕陽にあたれば甘く色を変える。
 たっぷりと夕焼け空を吸い込んだ白銀が深く静かに輝くのを思い出し、かごめはうっとりとため息を零した。
 そしてゆるく流れる雲を追いながら烏の鳴く空を見上げていると、ふと視界が陰って次いでばさりと何かが降ってきた。

 「きゃっ」

 驚いたのも束の間、慣れた匂いと温もりにふわりと包まれる。
 もしやと取り払ってみれば、やはりそれは犬夜叉の赤い衣だった。

 「またこんなとこにいんのか?何やってんだ。風邪ひくぞ」

 ぶっきらぼうな物言いとは裏腹に、その手は冷えた身体をきっちり丁寧に包み込む。
 そして冷たい指先に触れると、それを握りしめ犬夜叉は鼻根に皺を寄せた。
 ほら見ろ、とでも言わんばかりにへの字に曲がった口元も、少し不機嫌そうな眼の色もかごめを思えばこそだ。

 「あ、外れちゃった」

 けれどもそんな心配を他所に呟かれた言葉に、犬夜叉も首を傾げるほかなかった。

 「なにがだ?」

 「んーん、なんでもない」

 「なんだよ、言えよ」

 かごめのこととあらば、些細なことでも気になるのはもう仕方のないことだ。
 不機嫌顔はそのままに、どこか幼いやり取りを楽しむように犬夜叉は額を寄せた。

 「なんでもないの。ね、早く帰ろ?」

 ちょん、と触れた鼻先が冷たい。
 遊ぶような仕草にかごめは柔らかく微笑んで、冷えた指をきゅっと絡めれば、薄い皮膚を通してじんわりと温もりが伝わる。
 ぴたりと手のひらまで合わせながら、なにやら楽しそうな妻の姿に、思わず眉間の皺もほぐれてゆく。

 「おう」

 誤魔化された気がしないわけではないが、今は結んだ小さな手が心地いい。
 空は甘さを増して夜へと向かう。
 いつになく優しい眼が柔らかく光を零す。
 夕映えの中、寄り添うふたつの影を撫でた風が、そっと穏やかに薄を揺らした。


  茜さす















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