夢の淵で、さぁと雨の流れる音を聞き、かごめは目を覚ました。 数回瞬き、いくらか乾いた目を擦る。 昨夜、犬夜叉の隣で見た満月を、夢の中でも見ていた気がする。 皓くまぁるい月は、枝葉の影をうっすらと落とすほどに明るかった。 まだ夜露は降りぬのに湿った草は鮮やかで、柔らかなそこに腰を下ろしながら犬夜叉の肩に頭を預けた。 ひやりとした風が僅かにでも吹けば、『冷やすなよ』と言いながら自らの衣で包んでくれた彼は、決して帰ろうとは言わなかった。 きっと犬夜叉も、まだ一緒にいたいと思っていたのだろう。 おかしなことだ。もう、帰る家は同じはずなのに。 くすりと笑ったかごめが見上げた犬夜叉の瞳も、月とはまた違う明るさを湛えていて、隣の温度も相まってその温もりにほぅと胸が解けるのを感じたのだった。 そのせいだろうか。今の夜闇が淀みの底のように暗いのは。 まるで、あの玉の中のようだ。 暑くも寒くもない。上も下も、右も左もわからない。 そもそも今、目を開いているのか閉じているのかさえも定かでない。 地に足がつかない、ぶらりと宙ずりにされたような不安定さに、ふるりと背筋を震わせながらかごめは床板を手で探った。 思うよりも考えるよりも先に求めるものは、ひとつだけ。今もあの時も。 かごめがその名を呼ぼうと喉を震わせる前に、ふわりと柔らかく指が絡んだ。 「どうした?」 絡み合った力強さにふ、と肩の力が抜けていく。 指を伝いながら腕を伸ばせば、がっしりとした腕が細い身体を抱えた。 小さく震える背を優しく撫でる手は、やはり温かい。 「さみぃか?」 温もりにほぅと力が解けていく。 問いかけにかごめは首を振りながらも、すぐ側の胸板に頬を擦り寄せた。 「……雨、降ってるのね」 更に深く包み込む腕の中に甘えて、かごめはようやく外で鳴る雨の音に耳を傾けた。 夢の淵でも聞いたはずの音は、しめやかに辺りを濡らしているようだ。 きっと皓くまぁるいあの月は、雲の遠くにいることだろう。 「あぁ、さっきからな」 「そっか……朝まで降ってるのかしら」 「あぁ、当分止みそうにはねぇな」 しとしとと降りながらも、時折風が攫う雨の音は小さな小屋まで足をのばす。 昨日までの日和を忘れるような雨音は、確かに今日ひと晩では遠のきそうにはなかった。 これでは巫女仕事の大半はできなさそうだ。 辛うじてできることといえば、祠の掃除と、薬草の下処理をしながら、今まで習った物事を覚え返すことくらいだろうか。 こちらでかごめが満足にできる物事は、まだまだ少ない。 雛のように楓の後を追うことが、ようやく減ってきたくらいだ。 早く村に馴染みたい。巫女として、何より犬夜叉の妻として。 焦りも歯痒さももちろんあるが、だからといってこうした雨間の休みが嫌なわけではなかった。 「ねぇ、明日はのんびりできるかな?ふたりきりで」 再び井戸を跨いでから、想像以上に慌ただしく日々は過ぎた。 積もる話は山ほどあるのに、それを話すにも聞くにもまったく時間が足らなかった。 忙しさも慌ただしさも雨に流して、少しばかりふたりの時間を楽しみたい。 そんなふうにかごめがぽつりと呟くと、犬夜叉は照れ臭そうに頭を掻いた。 「そうしたら早く寝ろ。起きれなくなるぞ」 闇に慣れない目が映す犬夜叉の瞳は、標のように柔らかく光る。 そういえばあのとき闇を割いた光も、同じように輝いていた。 「うん、ちゃんと起こしてね」 「あぁ。そうしたらほら、布団に入れ」 犬夜叉の膝の上ですっぽりと身を納めるかごめは、心地のいいところを探しながらもぞもぞ動く。 けれどもその背をポンと叩かれ、冷え始める布団へと促されると、途端にきょとんと瞳を丸くした。 「え、ここじゃダメ?」 つい先ほどまで翳っていた眼差しは、今や憂いの欠片もない。 思わぬ申し出に犬夜叉は微かに眉根を寄せた。 どうも昔からかごめには、こういうところがある。 無邪気で無防備。それも犬夜叉に対しては、殊更に。 可愛らしいで済めばいいのだが、そうもいかないこともある。 今までに、こうして抱いて眠る夜がなかったわけではない。 ただ、かごめが安らかに夢見るその裏の犬夜叉の苦悩を、きっと彼女は知らない。 もう夫婦でもあるし、例えそうでなかったとしても、色をなくした年月を思えば、腕の中にかごめを納めておけるだけでも今は満ち足りる。 けれどもそう当たり前のように言われては、犬夜叉も戸惑いを隠せなかった。 「ここって……」 『だめ』と言うのも難しい。 そういう理由はなにもない。 犬夜叉が答えに迷っていると、少しばかり控えめな声が聞こえた。 「そうしたら、犬夜叉も一緒に寝てよ」 衣をちょいと摘んで、不安に垂れた眉で見つめられてはどうしようもなかった。 ついでに『ね?』と傾げた首に追い打ちをかけられて、犬夜叉は大人しく白旗を挙げた。 「……ちゃんと寝るんだぞ」 「はーい」 まるで幼子に言い聞かせるようにしながら、自らをも牽制する。 それを知ってか知らずか、かごめは満足そうに目尻を緩めた。 そしていそいそと布団に収まり、端を軽く持ち上げる。 「犬夜叉」 躊躇いつつも自分のために空けられた隣におずおずと滑り込むと、僅かに残っていた体温が犬夜叉を迎えた。 仄かな温もりはつま先から甘く染み入り、犬夜叉の胸をそぞろと撫でる。 そのこそばゆさに思わず足先で布団を掻いた。 「初めてだね。一緒に寝るの」 はにかむ頬がぽっと薄く染まるのと同じように、犬夜叉も顔を熱くする。 向かい合うことも、見つめ合うことも、傍にいることも。 今まで幾らもあったというのに、床を同じくするというだけでこんなにも落ち着かない。 狭い中で互いの体温が混ざり、内側のほうまで染み入る感覚に意識せずとも鼓動は逸る。 きっとかごめが頬を染めた理由も、いたいけなだけではない。 そうとは知りつつも、まだ急ぐには早い気がして、犬夜叉は細い肩までしっかりと布団を引き上げた。 「ほら、寝るんだろ」 頬の熱さも、胸のこそばゆさも今は知らぬふりをした。 代わりに細い背を軽く叩きながら眠りへと促す。 かごめが頷きながら零した欠伸には夢の入口が見える。 止まぬ雨の向こうでは、星が瞬き月が光る。 かごめの寝息に耳を寄せながら、犬夜叉はまだ見ぬ煌めきを目蓋の裏で見た。 かつての |