今朝、ふたつ向こうの村まで出掛けて行った犬夜叉が、弥勒の肩を借りながら帰宅したのは、夕焼け空が見え始める少し前のことだった。
 最近ようやく言い慣れた『ただいま』の声が聞こえなくて、首を傾げたかごめが目にしたのは白い顔の犬夜叉だった。

 「犬夜叉っ!!」

 駆け寄り見れば負った傷は痛々しく、腹にいくつも筋を成し背を抉る。
 切り裂かれた衣から滴る血が同じように赤くて、かごめはそれに血の気の引く音を聞いた。
 幸いにもしっかりとした意識は半妖という身のおかげだろう。
 かごめは開かれた目がゆるりと緩んで犬夜叉の口から自分の名前が零れると、安堵に胸を撫で下ろしたのだった。


 「んもうっ!またこんな無茶して!」

 弥勒の見送りもそこそこに、犬夜叉が軽口を言えると知るや否や、かごめは柳眉を釣り上げた。
 どの傷も治り始めているようで、血だらけの見た目ほどにはひどくはない。
 ただやはり止血されたそこからは、まだ生々しい色をした肉が見えてかごめは語気とは裏腹にそっと手当てを続けた。
 固まり始めた血を拭い、薬草を塗り布を当てる。
 できる限り痛まぬように、丁寧にやさしく。
 そんなかごめの想いに触れながらも、犬夜叉は叱責に悪態をついた。

 「別に無事だったんだからいいだろーが」

 「こんな怪我してなにが無事よっ」

 普段あんなにも強靭な犬夜叉が、こんなにも血を流し弥勒の肩を借りていた。
 そんなことそう多くはない。
 きっと彼は『生きて帰ってきたのだからいいではないか』と、そう言いたいのだろう。
 確かにそうなのだけれども、でもやはりそうではない。
 犬夜叉が依頼へと出掛けるたびにかごめは無事を祈り、傷ひとつでもこさえてくれば心が荒波に揺れる。
 もう薄れた傷跡さえ、見れば胸が引き絞られた。
 
 「ほんとに、生きててよかった……」

 背の中程に残る刀傷は幾月か前についた傷だ。
 滴る血はまるで犬夜叉の命を細くしていくように垂れ流れ、苦悶に歪む表情といつもより白い顔色に眩暈がした。
 『かごめ』と名を呼びながらの微笑みすらも苦しくて、かごめの表情がようやく解けたのは、それから三日後に犬夜叉に抱きしめられたときだった。
 かごめは広い背に頬を寄せながら、そっと傷跡を指で撫でた。
 じわりと伝わる温もりに犬夜叉は一瞬だけ息を詰まらせると、ふと肩の力を抜いた。

 「……悪かった。次は、気をつける」

 できもしない言葉だと、きっとかごめも知っている。
 また傷を作っては手当てとともに叱責を受ける。
 その度に申し訳ないとは思いつつも、かごめの想いに触れていく。
 それが嬉しくもあるだなんてことは決して言えないが。
 肩に添う手を握れば、やさしく指が絡んだ。

 「ん……。あとで弥勒様のところ、お礼いかなきゃね」

 「あぁ」

 今このときも唯一の温もりに触れられることを噛みしめて、犬夜叉は柔らかな指先に口づけた。



  








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