別に、言葉がすべてではないことくらい、知っている。
ただそれでも、やはりそれがほしくなるのだ。
(わかってる。わかってるんだけど、なぁ……)
かごめは口をへの字に曲げると、目の前を歩く背中を拗ねた目をして見つめた。


山を越え、怪しい噂の流れる村へと行く途中、偶然にも妖狼族の若頭と出会った。
犬夜叉と定型通りの喧嘩をして、風のように走り去る彼の背中に手を振ったのは早一刻ほど前のこと。
相変わらず犬夜叉を無視するかのようにかごめの手を握り、愛の言葉を紡ぐ鋼牙の言った一言は、かごめの胸に棘を残した。
苛立ちを隠さずに殴り掛かる犬夜叉に、鋼牙は言ったのだ。
『へっ、悔しかったら好きだ惚れたの一言くらい言ってみろ』と。
犬夜叉はそれに顔を赤くして、ただ『うるせぇ!』と返すばかり。
その掛け合いを思い出し、かごめはため息をついた。
まぁ、いつも通りといえばそうなのだ。
鋼牙との喧嘩も、鋼牙からの告白も。
犬夜叉の悋気も、犬夜叉からの言葉がないことも。全部。
もちろんかごめとて、わかってはいる。
犬夜叉が想いを素直に言葉にするのは苦手だと。
それに彼が自分へと向ける気持ちも知ってはいるし、時には情熱的な想いを紡ぐこともある。
けれどもやはり、ほしくなる。
誰よりも何よりも、自分に向けて。
好きだ惚れた、愛してると。言葉が。
(――――って、難しいだろうなぁ)
とぼとぼと、かごめは道端の石ころを蹴っ転がす。
弥勒や珊瑚たちの背中は、もう随分と向こうに見える。
きっと聡い彼らは気遣ってくれているのだ。
子どものように落ち込んだ自分に。
ただ言葉を望んだだけの気持ちは、いつしか心の奥底でぐるぐると暗い渦を巻く。
(あーっ、もうやめやめ!)
鬱々とした気持ちに歯止めをかけるように、かごめは俯いた顔を持ち上げて、口角を上げた。
寄った眉根も解して、ようやく目の前を歩く犬夜叉の背中を見遣ると、それを察したようにぴたりと足が止まった。

「犬夜叉?」

かごめが首を傾げ、声をかける。
鮮やかな夕焼け空に犬夜叉の衣が溶けていく。
白銀の髪が夜を含んだ風にたなびき、陽に輝いて煌めきを残す。
その姿にふと、言い知れぬ不安に駆られて、かごめが手を伸ばすと、犬夜叉が振り向いた。
そして伸ばされた手を越えて、細い肩を不器用に抱き寄せた。

「っ、え、あの、犬夜叉っ?」

「――――だ、」

躊躇いがちな唇から紡がれた言葉の尾鰭だけを、かごめの耳はようやく拾う。

「え?」

遠い夕陽を固く見つめるその眼は、ちらりとも動かない。
きょとん、と小首を傾げつつかごめが問えば、犬夜叉は突き出した唇を引き結んで、もう一度声にした。

「好きだ」

真っ赤な夕陽に染まった顔に、つり上がった眉尻。
今はもう固く唇は結ばれて、言葉のひと欠片すらも零れなさそうだ。
抱かれた肩は少しばかり痛い。
先を行く仲間の影はもう見えない。
しかと耳に触れた言葉に、かごめは瞳をきらきらと輝かせると、犬夜叉と同じ色に頬を染めた。



   愛を紡げよ














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