小説 | ナノ



枕元にプレゼントが置かれなくなったのはいつのことだったろう。
その時欲しくてたまらなかったものが置かれていたことなんて一度もないけど、それでもやっぱりクリスマスの朝は特別でうれしくて、前夜は期待をいっぱい胸に詰め込んで眠りについたものだった。だから枕元にプレゼントが置かれなくなったあの日、とてもショックだったことを今でも覚えてる。
あの日。ここから少しずつ大人になっていきなさい、そう突き放されたような気がして幼心ながらに動揺した。悲しくて何故だか怖くなったあの朝。そしてそれは大人になるという寂しさを初めて知った朝でもあったのだ。

ゆっくり瞼を押し上げる。
まだ部屋の中は暗く、常夜灯のあかりだけが灯っていた。もう枕元は確認しない。代わりに今日はちゃんと布団に入ってきたかしらと別のものを隣で確認する。目当ての人物は穏やかに眠りに就いていた。隣で眠るその人を見ているとなんともいえない感慨がわいて、大人になってしまったなあとしみじみとした思いに浸る。でもそこに寂しさはもう微塵もなかった。
まだ少し重い瞼のまま時間を確認しようとわたしは身じろぐ。掛け布団からはみ出た肩がひやりとし、時計の針を見るやまたすぐに布団の中へと戻ってしまう。すると隣で小さく唸り声が聞こえ、身を固まらせる。閉じていたはずの瞼をうっすらと開いて彼はこちらを見ていた。

「…ごめんなさい。起こしましたよね」

ささやくような声で謝ると、その人は微かに笑って応えてくれる。

「大丈夫……いま、なんじかな」

力の抜けきった声。しっかりとした応対をしてくれようとはしているけど、まだ精神は半分夢の中に置き去りにされたままのように感じる。

「あと少しで四時です」
「…まだ、すこし早いね」

だけど二度寝をするには少し迷う時間。寺の朝は早い。わたしは寝坊してしまうよりかはいくらかましだと、もういっそのこと起きてしまおうと思っていた。
それを起きぬけの頭で見抜いたのか、するりとわたしの浴衣の上を彼の手が滑り、背中を這う。そして抱き込むように引き寄せられた。線香の香りではない、彼自身の香りが鼻腔をくすぐる甘い瞬間だった。

「まだ起きなくてもいいよ」
「でも」
「さむいから…」

吐息を漏らすような頼りのない声。それ以上は続かない。
寒いから、なんだというのだろう。気遣ってくれているのか、それとも湯たんぽ代わりにされているのかわからない。どちらもわたしにはうれしいことなのだけど。
見上げるように顎を上げてのぞき見る。また目を閉じている。きっと眠りについたのがほんの一、二時間前で、彼の意思に反して体はまだ眠りに浸っていたいんだろう。
だけどこのままじゃわたしが困ってしまう。
元々温められていた布団に加え、彼の体温までもが合わさってじわりじわりとわたしを浸食し始めていた。せっかく覚醒しかけていた脳がまた溶かされてふにゃりと潰れていく。

「…静信さん、わたしまた眠っちゃう…困ります」

静かに寝かせてあげようと思ったけれど、やっぱりこのままの状態は困る。わたしだっていつまでもこの腕の中にいたいのは山々だけど、やっぱりだめだ。
腕から抜け出そうとすると、させまいとさらに引き寄せてくる。ぐっと密着する。なのに耳へ届けられるのは静かな寝息だ。無意識の中で手繰り寄せられたのかと思うと赤面しそうになった。いくらこの人といることに慣れてきたからといっても、まだ免疫のついていないことだってそれなりにあるのだ。

「…なまえ」
「…え、はい?」
「……」
「…静信さん?」
「……」
「……静信さんってば」

また、眠ってしまった。

「…うん、もう起きるよ…」

かと思えば起きていたよう。正確には夢の中とこちらを行ったり来たりしている。そんな状態でいるくらいならもう眠ってしまえばいいのに。

「眠っても大丈夫ですよ。わたし、起きてますから」
「…いや、起きるよ。きみが眠ったらいい…ぼくが起きてるから」
「わたしの方が眠ってるもの。わたしが」
「ぼくも、大丈夫だよ」

そんなふにゃふにゃになってよく言えるものだと思った。わたしから見てもまだまだ睡眠は足りていない。体が睡眠をもぎとろうと幾度も彼の意識を沈めようとしている。

もっと二人でこうしていられたらいいのに。眩しい光が部屋に差し込んで、まつげの先まではっきり見えてしまうようなそんな時間までこのままずっと。
でもそんなことは言ってられない。大人になってしまったわたしたちの世界にはクリスマスだ誕生日だという言い訳はきかない。
そしてとうとうわたしは決心してその居心地のいい束縛から抜けだすことにした。代わりに少し躊躇したけれど、彼の頭を胸に寄せ、抱いてみた。心地良い眠りを生む彼の腕の中にまた引き戻されてしまわないように。まだ彼が眠りの中にいられるように。そう思っての行動だったのだけど。

「…なまえ?」
「……」

わたしったら、どうして。

「…どうしたんだい」
「……こういう、ことって…思っていたよりもずっと…恥ずかしくって」
「ああ…」
「だめ、やっぱり恥ずかしい」
「……うん…そうだね…ぼくも、少し面映ゆいな…こんなこと、はじめてだから」

心なしかうれしそうにうとうととしゃべり、わたしの腰へ手をやってまた自分の方へと寄せた。恥ずかしいと言っているのに。やはり本当にわたしは彼の湯たんぽか何かなのかもしれない。とくりとくりと鼓動はリズムを刻む。
「…もう、寝てください」
「なんだかすこし…もったいない気がするよ」
「いいから、このまま眠ってしまって」

お願いだから。
願いを聞き入れてくれるように頼むと、ようやく折れてくれる気になったのか胸の中で彼が笑った気がした。

「じゃあ、あとすこしだけ」
「ちゃんと起こしますから」
「…ありがとう」

おやすみ。
そうしてまどろんだ声を残して眠りに落ちていった。

いくらかしてぴくりともしなくなった体にようやく眠ってくれたことを知ると、こそりと胸の中のその寝顔を見つめて微笑んだ。
一人で冷たい布団を温めていた頃とはちがう。
もう待ち焦がれた朝はきっと戻ってはこないけれど、それでもいいのだ。
ただ、朝一番にこの人の顔を見ることができるならそれでいい。
あの心躍る朝を投げ捨て、代わりに怯えながら掴みとったものはありあまる程のあたたかみを与えてくれるから。

「…おやすみなさい」

誰かの寝顔を見つめているだけでこんなにも心が温かく灯り、髪を撫でて額にキスを落としたくなる。そんな気持ちを幼い頃の自分は知らなかった。
愛しさにまかせて自然と笑みをこぼすそんな日々に触れていられることが、どんな贈り物よりも幸福なことのように思えることも。
永遠なんて言葉は信じてない。それでも、こんな気持ちになれる朝がずっと続いていくことを願わずにはいられなかった。
だから――。
彼の額の上にわたしはそっと秘密のキスをするのだ。まだ伝えられずにいる想いと願いを込めて。


期待よせた枕元

20111225
(サディスティックアップル) 



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