小説 | ナノ


「鍵開けとかないから来ないんだよ。めんどくさくなったんだよ、サンタさん。ちゃんとサンタの気持ちも考えてあげないと。サンタの気持ちを考えてあげられない人のところにサンタが行ってあげようって気持ちになると思う?」



わたしが昼間にそう言ったら、先生は難しそうな医学書に目を通しながら「さすがに三十過ぎの中年のところにはもう来ないだろう」って笑って答えた。まったくもってその通りである。でもそこで引き下がるなら初めからこんな話を持ちかけたりはしないのだ。

「いや、来るよ。試しに今日開けておいて」

ほとんど医学書に先生の神経が偏ってしまっていて「そうだな」とか「ああそうだな」とか承諾しているようで、実のところ声にはそうしようという姿勢が全く感じられない。実にはがゆいことこの上ない。最後に、先生!サンタ来ないよ!って必死に訴えたら、

「わかったわかった。開けとけばいいんだな」

て、やっぱりこっちを見てくれないままひらひらと手を振りながら答えた。これもやっぱりあしらわれただけのような気がしなくもないけど、わたしにできるのはここまでだ。悲しいことに本当に実行してくれるかどうかは先生の良心に託すしかないことなのだった。






そして、今に至る。
かねてからの計画を決行するため、深夜に尾崎の庭に足を踏み入れる。正直不安だ。
大奥さんに見つかってしまわないかということもあるけど、先生は昼間のわたしの言葉をちゃんと聞き届けてくれたんだろうか。生返事みたいに聞こえたけど話自体は聞いているようでもあった。とにかく実行してみなきゃわからない。
忍び足で先生の自室の窓の前までやってきて立ち止まる。明かりは消えている。
いよいよだ。あの口の悪い医者の枕元にプレゼントを置いてやる日がとうとうやって来たのだが、この緊張感、なんだろう。いや大丈夫、先生はなんだかんだいって優しいからきっと開けておいてくれてるはず。前振りもばっちりだった。先生も大人なんだから察してくれてるはずだ。
自分を励まして冷たい窓に手をかけてゆっくりとスライドさせようと試みる。

「う、うん?」

すらりと横へ滑っていかない。ま、まさか。いや開きにくくなってるだけかもしれない。力を少し加えてみる。
開かない。
さらに加えてみる。
あ、あれ?開かない、ほんとに開かないぞ!
凍てつく冬空の下で肌を粟立てながら奮闘を続けてみても変わらず開かないまま。ほんとにまったくもって開かない。
思わず体がよろめく。
あれだけ言っておいたのに。訂正だ!全然優しくないし人の話聞いてない!先生を信じてこんな夜にわざわざ足を運んだわたしがばかだった。いや、むしろ先生が!
先生の、先生のっ!
ばかあ!と悪態をつこうとしたその時、頭上でかたんと音が鳴る。瞬間、身が凍る。そして勢いよくカーテンが開き、よく見ると結露している窓が内側から開けられて先生が顔をだした。

「すまんな。肝心の鍵を開け忘れてた」
「あ…いえ…?」

呆然と先生を見つめる。

「ん?どうした、入らないのか」
「…え?お、お邪魔します?」

その誘いにも面食らいながらも、寒さで鼻水が垂れそうになっているので先生の言葉に素直に従うことにした。
たしかに部屋に入ることが目的ではあったんだけど、何だろうこの気持ちは。何これ。こんなはずじゃ。燃え盛っていたものが一瞬にして鎮火された気分だ。ブーツを脱いで軽々と部屋の中に入ると「若いな」とからかってきたけど、わたしはもうそれに答える気すら起こらなくなっていた。
照明がつけられ、部屋が光に満たされる。わたしの姿も浮き彫りになる。ふわりと心地いい暖気に体を包み込まれて何だかもう居たたまれないというか、恥ずかしくてすぐにでも家に帰りたい気分だった。
先生は一体わたしがここに何をしにきたと思っているのか。何のために昼間サンタの話をしたと思ってるのか。断じて深夜の談話を楽しみにきたわけじゃない。

「さっきから元気がないな。まさか風邪でも引いたって言うんじゃないだろうな?」

先生が笑いながら冗談まじりに話しているのを聞きながら、床に敷かれた柔らかいラグの上にぺたりと座りこんで頭を振る。

「そうじゃないけど。ていうかそろそろお暇します……」
「今来たばかりだろう」


何のために上がったんだと言わんばかりに先生がおかしそうに笑っている。

「だって先生が……」
「おれがどうした」
「……もう萎えたの、挫かれたの、先生のせいで……もう何かすごい恥ずかしい……せっかく枯れてしまった先生に夢をと思ったのに」
「はは、随分な言われようだ」
「先生ならわかってくれてると思うんだけど、今のわたし一応サンタって設定なの。だからほら、せめて寝たふりくらいしてくれたらいいのにって……」

そんな、サンタさんを掴まえるんだ!って言いだした子どもみたいに待ち構えていなくったっていいのに。先生も最初から捕獲が目的だったんだろうか。こんなに部屋まであったかくして、眠る気なんて全くなかったなこの人。

「ということで帰る」
「言いたいことだけ言ってそれか。いや、まあ、そうだな…今回はおれが悪いのかもしれん。たしかに鍵は開け損ねた」
「いや、先生が悪いよ。あと他にもいろいろ悪いよ。サンタの気持ち考えなきゃだめって言ったのに全然だよ」
「手厳しいな。これでもおれなりにいろいろと考えたんだが」

ベッドに腰を下ろして苦笑してわたしの方を見る。
一体どこが。鍵は閉めてるし、サンタは見つかっちゃだめなのに、それなのに待ち構えて自分から入らないのかとか誘ってくるし。とてもじゃないけど考えてるとは思えない。

「ところでサンタ。プレゼントはどうした?」

プレゼントだと?サンタの気持ちは考えてくれないのに、プレゼントを催促しているともとれる発言を先生がする。しかし何故だろう、わたしには先生の表情が意地の悪い質問を繰り出してくる面接官さながらの顔に見えて仕方ない。でも大丈夫だ。焦ることはない。準備ならしてある。そしてここですかさず、まあ多少予定は狂って不本意ではあるけど颯爽と差し出す、はずだったのだが。ここでやっととあることに気付き、プレゼントはどうしたという質問の意図をわたしは理解した。

「……玄関に忘れてきた」
「どうりで手ぶらなわけだ」
「………」
「手ぶらだから自分がプレゼントだとでも言いだすんじゃないかと冷や冷やしたよ」

にやっとした顔がとても意地悪い。そんな顔しておいて何が冷や冷やだ。

「妄想も大概にしろ!」
「冗談だよ」

明らかにからかってわたしの反応を見て楽しむような笑い方。
最初からずっと先生のペースに乗せられたままだということが気に入らない。今日この時間を制するのはわたしのはずだったのに。ぶすっとふてくされていると、なまえ、と名前を呼ばれる。そちらをちらっと見ると手を差し出されていた。

「ほら」

何かを促されている。
先生はまだ笑っていて、でもそこにはさっきまでのからかいの色はもう含まれておらず、この部屋の主は先生なので、とりあえず警戒心だけは忘れずにしぶしぶ腰を上げる。そしておずおずと先生の前に立つ。

「なに、先生?」

わけもわからず手を握ると、そのまま引き寄せられて膝の上に迎えられた。

「せんせっ」
「サンタが来たのは二十年ぶりくらいだな。手厚く迎えんとばちがあたりそうだ」
「手厚くって」
「サンタの気持ちを考えられん奴のところには来ないんだろう?」
「そうだよ、なのに先生は……って、何笑ってるの」
「いや、今年のサンタはえらく欲ばりだと思ってな」

鼻先で先生が困ったもんだとくつくつ笑いだす。わたしは何を言い出すんだとしかめる。

「はあ?」
「これだけ部屋を暖めておいてもまだお気に召さないらしい」
「え?」

暖かな空気がふわりふわりと漂う。

「まだ冷えてるな」

目をぱちくりとさせると先生は唇の端を持ち上げ、その空気ごとわたしを抱きすくめた。

「暖なら好きなだけとっていくといい」

先生の腕の中にすっぽりと収まりきる。
それは空気よりも確かな温度で冷えた肌を温めるのだった。


今日だけ不法侵入を許可します!

20111226
(サディスティックアップル) 



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