小説 | ナノ



「鍵開けとかないから来ないんだよ。めんどくさくなったんだよ、サンタさん。ちゃんとサンタの気持ちも考えてあげないと。サンタの気持ちを考えてあげられない人のところにサンタが行ってあげようって気持ちになると思う?」



もうサンタ(両親)からプレゼントなんてもらってない、そう言うとなまえが呆れ顔でそんなことを言い始めた。

「夏野くんの家煙突ないよね?」
「ある家の方が珍しいんじゃない」
「夏野くん窓の鍵も開けてないんでしょ?」
「開けてあるわけないだろ。どっかの村じゃあるまいし」

この村の連中は鍵なんかかけたりしない。そういった面からも村に溶け込もうとする両親に反しておれはまだ村のそういう都会では考えられない行為が受け入れられない。
そんなことしていたらサンタからプレゼントをもらうどころか、悪意のある別のものが入って来て大事なものを奪っていくかもしれない。そういう考えがこの村の住人にはないらしい。ていうか、サンタはいるという前提で話が進んでいるが、サンタはいないだろう。まさかこの年になってまだ信じてるのかとなまえの方を見る。

「夏野くん、そんなんだから来なくなっちゃうんだよ。ねえ徹ちゃん?」

やれやれとわざとらしくため息を吐く。おまけにゲームに夢中になっている徹ちゃんにまで話を振る。
徹ちゃんだってもう高三だ。さすがにいるなんて言わないだろう。徹ちゃんはテレビの画面から目を離さないまま困ったような笑みを見せている。その表情に安心して心の中で徹ちゃんは年相応のことを言ってくれるだろうとひそかに期待を寄せたが、「そうだぞー夏野」という間の抜けた声によって打ち砕かれた。頭が白くなる。

「……は?」
「煙突のない家は窓の鍵開けとかないとうちの村のサンタは来ないんだよ」
「…徹ちゃん、それ本気で言ってんの?」

徹ちゃんまで、何言ってるんだ。あんたそんなんでも高三だろ。四六時中ゲームしてるけど、ちゃんとそれなりに常識は持ち合わせてて。つか村のサンタって何だよ徹ちゃん。そんなの聞いたこともない。煙突がない家はって、あったらこの村のサンタはすすまみれになるのをわかっていてわざわざ煙突から入ってくるのか。

「だからね夏野くん。否定するのは今日鍵開けて寝てみてからでも遅くないんじゃないかな。一度試してみて来なかったら来なかったで、明日それを材料にしてわたしを論破すればいいよ」

聞き分けのない子どもを諌めるような物言いに表情。
「サンタはいる」と答えて「まだ信じてるのか」と馬鹿にされるならともかく、「いない」と答えてここまでの孤立を感じたのは初めてだ。いつの間にか絶対孤立状態ができあがっていた。
徹ちゃんはまだ眉を下げながら「教えてやってなくてごめんな夏野」と言い、なまえは「わたしも当たり前だと思ってたから…ごめんね夏野くん」と申し訳なさそうに謝る。
何なんだ、この二人は。理解しがたいわけのわからないことに対して謝罪し始める二人の姿にわずかに苛立って「…ばかばかしい!」と読みかけの雑誌に戻る。
どうせ二人してからかって遊んでるだけに決まってる。
そう思ったが、結局帰る間際になっても二人は冗談だと言ってこなかった。それどころかなまえを家まで送って帰路につこうとした時になっても「ちゃんと開けておくんだよー!」となまえの声が追いかけてくる始末だった。






そして、今に至る。
心底ばかばかしいと思いながら窓の鍵を開けたまま部屋の明かりを落とし、ベッドにもぐる。一人になって冷静に考えてみれば、今夜誰が来て何が起こるかなんて明白だったのかもしれない。
いい具合に布団が温もってきた頃、ちょうど零時あたりだろう。その時は来た。
窓の外の微かな足音を拾う。忍び足でもしているような不自然な足音。それがこの部屋の前で止まり、窓と障子とが慎重に開けられていく。そして何かが侵入してきたことが空気を伝って知らされる。本当に来た。どのタイミングで起き上がろうか考えていると、ごんっとぶつけたような音が部屋に響いて声にならない声で呻くのが聞こえた。そこからしばらく動きがない。侵入者には聞こえないようにため息を漏らす。それからとうとう明かりをつけた。

「何やってんだ」
「……いたいっ、すね、打った…」

床にうずくまって身もだえするなまえがいた。予想通りだ。予想通りすぎて驚きなんて今さらしようもない。

「…自業自得だよな」
「いたいよお…お…」
「…打っただけ?」
「うん…打っただけ」

またひとつため息を吐く。

「徹ちゃんもぐるなんだろ、どうせ」
「う、うん…徹ちゃんにはわたしがお願いしててね…あ、徹ちゃんは来ないけどね」

すねをさすりながら少し回復したのかよろよろと立ち上がる。
なまえは痛みで潤んだ目をこっちに向ける。

「わ、わたしもサンタなんてもう信じてないんだよ夏野くん」
「…だろうな」
「でもプレゼント渡したくて」
「…渡したいって、明日会うだろ?」わざわざこんなことしなくてもクリスマスには会うことになっている。その時に渡せばいいだけの話だ。

「そうなんだけどね。でもどうせなら現実を知ってしまった夏野くんのサンタさんにはわたしがなってあげたいなって」

ふわりとうれしそうにはにかむ。思いもよらなかった発言に目を見張ると、なまえも何かを自覚したんだろう。寒さで赤くしていた頬の色を微かに濃くする。

「だめかな、そういうの」
「…別にだめじゃない、けど」

急にそういうこと言うな。そんな顔で、そんなこと。
おかげでこっちにもなまえの頬に走った熱が伝染する、そんな気がして顔を背けたくなった。

「そっか、よかった。ね、夏野くん。窓の鍵、嘘じゃなかったでしょ?一応サンタが来たんだから」

さっきまで恥ずかしげに笑っていたくせに今度は得意げな顔をみせる。
サンタ。その言葉を受けてなまえを上から下へと見る。何も変わらない。普段通りのなまえだった。

「…サンタっていうより、ただの不法侵入者の間違いなんじゃない」
「ちがうよ、よく見てサンタなの!」

コートのボタンを外し、露出狂がするそれみたいに袂を勢いよく広げてその中身を見せつけてくる様にぎょっとする。
視界に飛び込んできたのは赤と白のサンタ服だった。下はスカートといったこの時期街中でよくみるあのスタイルだ。そんな服どこで買ったんだとか疑問は残るが、不覚にも似合うと思ってしまった自分に失望する。でも徹ちゃんと結託してその服のことも含め、二人で示しあわせていたかと思うと、何となくおもしろくなくなってくる。知らず知らずのうちに唇が尖った。
「サンタがこんな堂々としてていいのか」
「いいんだよ。サンタっていっても正体はばれてもいいんだ。最初から夏野くんは起きてると思ってたから」
「そんなの…寝てたかもしれないだろ。鍵だって開いてなかったらどうするつもりだったんだ」
「開けておいてくれると思ったんだもん」

まさにその通りにしてしまったことに言葉を詰まらせる。その根拠のない自信はどこからくるんだと言いたくなるが、今の状況はその全てが現実になったからこそのもので返しようもない。なまえは機嫌良く笑う。

「やっぱり人生にはサプライズが必要だよね夏野くん」
「来るってことはばればれだったけどな」
「そりゃあさすがに完璧にはいかないけど。でもわたしね、こう…若さゆえの何かをしたかったんだよ。忍び込んだりとか。だからすごい楽しい。どきどきした。来年もしたいな」

楽しげにえくぼを作る。
結局は自分が楽しんでいるだけなんじゃないのかと思える。
だけど、この先こんな馬鹿みたいなことをサプライズだとか言って仕掛けてくる奴は現れるだろうか。多分、いない。こんな寒い日にこんな馬鹿みたいこと、考えていても実行してくる奴なんてそうそういない。
そう思うと、この出来事がそれほど悪いものじゃないことに思えてくるから不思議だ。いいようにほだされてきている気がする。でもそれは自分が思うよりも多分悪いことじゃないんだろう。
こんなのでも好きになってしまったんだから仕方ない。諦めに似たため息を吐く。仕方なしに口元に笑みを上らせておれはなまえの頭を軽く小突いた。

「やるな。絶対。来年は鍵、閉めとくから」

えー、と笑みを含んだ声で返してくる。お互いに当たり前みたいに来年の約束を取りつけながら。

「そうだ。プレゼント」

突然思い出したように笑った顔がさらに深まる。かと思えば、あれ?と呟いて空の両手を見た。足元と窓の外も。そして沈黙。最後には改まってこちらに向き直る。何が言いたいのかが容易にわかった。

「…こ、ここで夏野くんに残念なお知らせがあります」
「…いいよ、言わなくて。もうわかってる」
「…玄関に忘れてきた。プレゼント」

ほんとにただの不法侵入者だな、と思ったが思うだけで胸に留めて口にはださないことにした。
最初から手ぶらだったからそんなことだろうとは思っていた。

「…忘れたものは仕方ないよね。あんまりサンタにはなれなかったけど、今日は帰るね夏野くん。明日起きられなくなるし」

諦めた顔つきで肩をすくめる。
プレゼントもまた明日、と言って勝手に部屋の明かりが消された。幸い月がでていたせいで家具やなまえの位置がぼんやりと薄い輪郭で把握することはできたが、突然で視界がひどく悪く感じた。

「急に消すなよ」
「あ、ごめん。でもサンタが明るい部屋から出ていくなんて有り得ないかなって」

今さらだ、と思ったがそれも今のなまえには言わないでおくことにした。
窓に手をかけて「プレゼントごめんね。また明日」と言うと月明かりになまえの顔が照らし出される。残念だ、そんなふうに見えて不意に胸の奥で何かがうごめいた。

足が、手が、躊躇する。
それでもこの手は躊躇いの後、足をかけて窓枠に上ろうとするなまえの腕を掴んで自分の方に引き寄せていた。

「わ、なに?びっくりした」

ふらついたのを受け止めてやると驚きの声が上がった。

「…おれ、まだプレゼントもらってないんだけど」
「プレゼントはわたしの家の玄関にあるよ夏野くん」
「知ってる」
「え…じゃあなに…」

帰したくない、そう思ってる。
徹ちゃんまで巻き込んで、こんな馬鹿みたいなことするために深夜に家まで抜け出してきて。それでプレゼントまで忘れてきて。
相手を喜ばせようとして自分は落ち込んで帰る、冗談じゃない。そんな顔して帰るな。
でもそれは到底この口からは簡単には出てこない言葉だった。
なまえが夏野くんプレゼントないから怒ってるの?と聞いてくる。
そんなことで怒るか。
なまえの声を無視して月明かりを頼りに頬のあたりに手を伸ばす。触れたのは耳だったが、そこから手で輪郭を確かめ距離を詰める。そして「なつのく」とおれを呼ぼうとしたその口を塞ぐように唇に触れていった。数少ない何度目かのなまえとのキスだった。


「…プレゼントの代わり。とりあえず、これでいいから」

唇を離して改めて自分の言ったことを反芻させてみると頬に熱が走りそうだった。
何言ってるんだ、そう思えば思うほど柔らかくて冷えた感触は唇の上からしばらく離れそうにないと思った。

そしてなまえは何とも言えない顔をしてから俯き、おれの服の袖を握って呟いた。

今日だけ不法侵入を許可します!
「ワ、ワンスモア…夏野くん」

20111228
(サディスティックアップル) 



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