2012/05/10
うららかなきみのこえ:追記
「わたしにはあなたがわりと合っていると思う」
何を根拠にそう思い至ったのかは定かではないが、うれしそうに笑んで告げる彼女のそれは心の底から紡がれたものなのだと思った。
「そう思わない?」
その言に胸の内は喜びに満ちていく。
しかしそれも束の間のことにすぎなかった。戒められたように心は失速し、あっけないほどに落ちていく。そして思うのだ。
僕にもきみが合っている、そんなことを彼女に言えてしまえたらどれほどよかっただろうと。
理想とは裏腹にその言葉をこの口が吐き出してくれることはない。
彼女の前に現れるのは頭を振る自分でしかなかった。
「…僕には少し、もったいないように思うよ」
きみを選ぶ人間なら他にいくらでもいるのだから。
自分には過ぎた人であることは明白だった。
なにより、何かに縛られ制限されて生きるような人ではないように思えた。
事実そうであるのだろうし、この村にそぐわないことは誰の目にも明らかだったにちがいない。
にもかかわらず、彼女自身は一度も離れていこうとはしなかった。
うれしかった。
自分の傍で小さく慎ましく収まろうとするその姿が僕は――。
けれどもやはりひどく哀れなもののように映ることもあり、時々胸は罪悪感に衝かれた。
僕でなければ、そんないくつものもしもが時折胸を引っ掻き暗い場所へ引きずり込もうと手を伸ばしやってくる。
けれど、この手は彼女を手放すことなどしないのだ。
自分の傍に居続けることが彼女にとって最良の道ではないことを知りながらも、彼女を大切に思うが故にその選択を拒んできた。
同時にそんな自分に幾度も落胆をしてきた。
人の感情に敏い彼女がそれを見抜けないはずもないのに、口角は緩く持ち上げられる。
「わたしが?」
「…きみが」
どんな叱責も覚悟の上で先程と変わりない思いを差し向ける。
けれども彼女の瞳が失望に染まることはなく涙に濡れることもしなかった。
むしろ慈愛さえ感じるような眼差しでこちらをとらえ離さないでいた。
そしてその声が非難の言葉を形作ることはなく、ただ悠然と頬へ手を差しのべ、うららかに、
「ばかね」
そう言って、頬笑むのだった。
手放さないでいることをどうか許してほしい
そう願ってしまうのだ