灰崎祥吾と出会ったのは中学1年の2学期だった。
家庭の事情ってヤツで帝光中学校に転入した私は、祥吾と同じクラスになった。
転入してから暫くは、挨拶をするだけの、所謂ただのクラスメイトだったと思う。
そんなただのクラスメイトという関係に変化が訪れたのは、1ヶ月くらい過ごして新しい学校にも慣れ始めた頃だった。





次数学かダルいなー。サボろうかなどうしよう。
この学校に来てからまだ一回もサボったことがなかったから、ちょっと悩む。
このままサボらないで頑張れば、もしかして私優等生になれるかも!あ、私が優等生とかキモい。想像したらウワァってなった。いや、でもなぁ。
そんな感じでしばらく葛藤した結果、結局サボることにした。

スクールバッグを手に取り、愛用の膝掛けを抱えて教室を出ようとすると、クラスの男子に声をかけられた。

「あれ、苗字帰んの?」

「ううん、サボりー」

ーー灰崎祥吾。
キレイに染まったアッシュ系の髪色が特徴。色入れるために沢山脱色したのか、髪は結構傷んでいる。
クラスで一番騒がしいから、あんま喋ったことなくても名前は覚えている。

身長が高いから側に来られると威圧感ヤバい。
私の返答に、灰崎は楽しげに笑った。

「へぇー。じゃあオレもサボるかな。穴場教えてやるよ」

「えっマジで!ありがとー」

自分で言うのもなんだけど、元々はフレンドリーなタイプだと思う。
転入生が感じる特有の緊張感は、もうほとんど残ってない。
今まで全然関わりのなかった灰崎といきなりサボることになっても、なんとも思わなかった。


灰崎の少し後ろを歩いていると、昇降口に辿り着いた。
靴を履き替えているから、校舎の外に出るんだろう。
自分も履き替えて、あのセンコーがウザいだとか、たわいのない話をしながら歩く。
テニスコートなどを横切って更に進むと、フェンスに囲まれたプールがあった。ついこの間まで夏だった気がするのに、もうすでに水は緑色に濁っていた。

「あそこの更衣室の裏」

「へぇー、確かにここまで見回りこなさそうだしいいね」

「誰にも教えんなよ」

「オッケー」

更衣室の裏手に回ると、綺麗とは言えないが地面はコンクリートだし、サボるには問題なさそうだ。

灰崎が腰を下ろしたので私も地べたに座り込む。

「ギャッ!つめたっ!」

ひんやりとしたコンクリートの感覚に思わず声をあげると、灰崎が笑った。

「オレのブレザー敷くか?」

「灰崎が寒いじゃん」

「カーディガン着てるからヘーキ」

「白だから汚れちゃうし、大丈夫」

断ると、灰崎は何かを考えたあと、ニヤリと笑った。

「じゃあ、オレの膝の上座るか?」

「は?」

「ホラ来いよ」

灰崎は相変わらずニヤニヤしながら、自分の太ももを叩いている。
これ絶対からかわれてる!なんか腹立つ!ここで照れたり恥ずかしがったりしたら負けだ。よくわからないプライドが私を動かした。

「じゃあ遠慮なくー」

灰崎があぐらをかいてる上に跨って座る。と、灰崎が仰け反った。

「おま、バッカじゃねぇの!なんでこっち向きで座んだよ!普通向こう向いて座んだろ!」

灰崎が明らかに動揺し始めて自分も動揺した。
確かに灰崎と同じ方向いて座ったほうが自然な気もする。小学校に入った辺りから人の膝の上なんて座ってなかったからやらかした。

「えっ、あっ、ごめん」

「いいから早く向こう向けよ!」

灰崎に急かされ、一回立ち上がって座り直す。
よく考えたらまた灰崎の上に座らなくても良かったかもしれない。
けど座り直しちゃったモンはしょうがない。
気まずい空気を打ち消すように、頭の中から話題を探す。

「灰崎ってさー、なんか部活やってんの?」

「あ、おー、うーんと、バスケ部」

「へぇ!身長高いし似合いそー」

「苗字は?」

「帰宅部のエース」

「帰宅部にエースとかねぇだろ」

灰崎の笑い声と共に、側頭部に衝撃が走る。

「イタッ!叩かないでよー」

「ツッコミだろーが」

「てか灰崎、なんか香水つけてる?今めっちゃいい匂いしたんだけど!」

「スカルプチャーつけてる。周りにはクセェクセェ言われるけど」

「いい匂いなのに」

「お前もなんかつけてんだろ。いい匂いする」

「カボティーヌ」

「なにそれ」

「なんかねー、ブロッコリーみたいな容器のやつ」

「ブロッコリーって」

灰崎はまた笑い始めた。かくいう私も自分で笑っちゃってるけど。

「明日それ見せろ。オレがホントにブロッコリーか確かめてやるから」



この頃の祥吾はすごい中学生らしかったと思う。
すぐに打ち解けて、でもお互いいつも一緒にいるメンツは違って、ただたまに一緒にサボるような間柄だった。
何をどこでどう間違えたのか、と考えると、いつもこうやって出会ったときの事を思い出す。
いっそ、出会わなければ、関わらない選択をしておけば長年こんな辛い思いしなくて済んだのかもしれない。

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