祥吾の担任から祥吾の住所をゲットした私は(個人情報云々言われたけど、私のしつこさに負けて教えてくれた)、夕方からずっと祥吾の家の前で待っていた。
インターホンを押しても誰も出てこないから、もう4時間以上玄関の前に座り込んでいる。
時計を見れば、21時。
うちは門限もないし、滅多に親は帰ってこないからそこは心配いらない。
けど春とはいえ、夜は冷え込むからさすがに寒い。
なんかあったかい飲み物でも買おうかと、立ち上がろうとした時、聞きなれた声が聞こえた。

「は?名前?」

声のした方へ目を向けると、口の端から血は出てるわ、私服はボロボロだわ、ひどい格好をした祥吾が立っていた。

「うわっどーしたのそれ。また喧嘩?」

「ワリィかよ」

「んーん、止めないよ。でも死なないでよー?死んだら後追うから」

「後追うとか、マジッぽくてシャレになんねーよ」

笑い声が聞こえ、そしてすぐイテェって小さく叫ぶ声が聞こえた。怪我に響いたのかな。
立ち上がって近付くと、目の横にも青アザが出来ていた。
手を伸ばして触れると、祥吾の体が揺れた。

「冷たくてきもちーな。でもお前なんでこんな冷たいんだよ」

「祥吾のこと夕方から待ってたもん」

「は?お前バッカじゃねーの」

「学校来ないし、連絡も取れないし、すごい心配した」

「ふーん」

「けど、私ジコチューだからさぁ。心配よりも会いたかっただけかも」

「よくそんなハズいこと言えんな」

祥吾は私を押しのけて、ポケットから鍵を取り出し、ドアを開けた。

「ココアしかねぇけど文句言うなよ」

「上がっていーの?」

「おー。兄貴は彼女ん家だろうし、ババアも滅多に帰ってこねぇから」

「ふーん。うちと似てるね」

祥吾に続いてドアを潜ると、玄関には数足の靴が散乱していた。

「お邪魔しまーす」

「邪魔するなら帰れ」

「じゃあ、突撃隣の晩御飯でーす!」

「いやマジで帰れよ」

「冷たい」

「冷たいのはお前の体だ。そこ、左曲がったとこの部屋で待ってろ。電気のスイッチは左の壁な」

「オッケー」

祥吾に言われた通りの部屋に入り、手探りで電気のスイッチを探す。すぐに見つかった出っ張りを押すと、数秒経ったあとに部屋が明るくなった。

ベッド、ちっちゃいテーブル、テレビ、漫画ばっか並んでる本棚。
そして壁に貼られたセクシーなお姉さんのポスター。
なんていうか、めっちゃ祥吾っぽい部屋だ。
とりあえずテーブルのそばに座ってケータイを弄っていると、祥吾が部屋に入ってきた。

「ほら、ココア」

「サンキュー」

マグカップを受け取り、テーブルに置く。

「おい、早く飲めよ」

「猫舌なめんな」

「せめて手に持っとけよバァカ」

そういえば、さっき祥吾私の手気持ちいいっつってたな。
口周りについた血は拭ったのか、綺麗になってたけど、他はそのままだ。

「怪我、手当しないの?」

「あー、消毒液と湿布どこやったっけな。ちょっと風呂入ってくっから、背中とか貼ってくんね?」

「よっしゃ、私にまかせろー」

「……お前湿布グチャグチャにしそーなんだけど」

祥吾が顔を顰めてマジトーンで言うから、ちょっとムカついた。

「湿布くらい貼れるし」

「へーへー。じゃ、行ってくんわ。漫画とかゲームとか部屋ん中のモン勝手に使っていーから」

軽くあしらって部屋を出て行った祥吾に更にムカつきながらも、やっぱ祥吾の部屋に初めて入ったという事実にテンション上がってすぐにムカつきは消え去った。


勝手にベッドに寝っ転がって漫画を読んでいたら、思いの外熱中しちゃって祥吾に声をかけられるまで戻ってきたことに気付かなかった。

「勝手にしていいとは言ったけど、お前くつろぎすぎだろ」

「あっおかえりー」

「スルーかよ……その漫画おもしれぇだろ」

「やばいねこれ。めっちゃ面白い」

「だろ?」

パンツ一丁の祥吾は仁王立ちで得意げになっている。お前が描いたんじゃないじゃん。なんで得意げなの。発掘したから?そうなの?
そんな風にくだらないことに気を取られたけど、すぐに祥吾の体のアザに思考は奪われた。

「うわっ痛そー」

「すっげぇイテー」

祥吾はイテェイテェ言いながらベッドに腰掛け、湿布の袋を渡してきた。
体を起こして背中を眺める。

「すっごいアザだらけなんだけど」

「あー、酷いとこだけ貼ってくれ」

湿布のフィルムを剥がし、とりあえずデカめのアザに貼っていく。
すでに5枚使った。

「前は?自分で貼れるよね」

「貼って」

「えっ私めっちゃ頼られてる感じ?」

「おー。お前のそういうバカっぽいとこ、見てて楽しいよな」

「バカにしてんの!?」

「どう考えたってバカにしてんのわかんねぇ?」

ケラケラ笑いだした祥吾は、やっぱり荒れてるようには見えない。
いやこんだけ怪我してくるんだから荒れてるのかもしれないけど、祥吾という人間は元からこんな感じだった気もする。

こちらに向き直ってあぐらをかいた祥吾の体を見れば、やっぱり大小いろんなアザが出来ている。
そこに湿布を貼っていくと、祥吾が口を開いた。

「なぁ、名前飯食った?」

「食ってなーい」

「ファミレスでもいかね?奢ってやるよ」

「どーしたの、珍しい」

「ファイトマネーとして喧嘩したヤツらからもらってきた」

「もらってきたじゃなくて、奪ってきたの間違いでしょ。カツアゲじゃん」

「どっちも似たようなモンだろ」

「奢ってくれるならどっちでもいーや」

「ゲンキンなやつ」

湿布を貼り終え、ジャージを着出した祥吾に声をかける。

「ねぇ、祥吾」

「あん?」

「祥吾が殺人鬼になってもハゲても、どんなことがあっても私は祥吾の味方だからねー」

「はっ、オレはハゲねーよ」

自分でもこっぱずかしいこと言ったなって思う。けど微妙な空気にならなかったのは「見ろこのフサフサな頭」なんて茶化してきた祥吾のおかげだ。
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