昼休み、昼食のパンを食べきった私は一組に来ていた。
赤司の顔はみたことあるはずなんだけど、よく覚えてない。
「この中に赤司いるー?」
結果、大きめの声で呼んだ。いたら出てくるはずだし、いなくてもクラスメイトが教えてくれるはず。
一瞬、クラス内の人間が一斉に私を見たけど、祥吾を呼ぶときによくやってたから気にならない。
奥の方から歩いてきた男子が私に声をかけてきた。
「何か用かな」
「赤司に聞きたいことがあるんだけど、呼んでくれる?」
「俺が赤司だが……」
「あっ、そーなの?ごめんごめん。でさ、ご飯食べ終わった?二人で話せる?」
赤司はモテモテっていう印象があったから、てっきりもっと黄瀬みたいなのを想像していた。
確かに綺麗な顔してたけど、大人しそうだったしわかんなかった。
赤司は私の問いかけに頷き、歩き始めた。
「バスケ部の部室なら静かに話せるけど、そこでいいかな」
「まじで。ありがとー」
物静かな赤司の後をついて行くと部室棟にたどり着いた。
赤司はポケットから取り出した鍵でドアを開け、中に促してくれた。
「部室の中ってこんなんなんだー。なんか畳とかある!すご!」
「えーと、それで君は……」
「あっ、ごめん!私苗字名前ー。聞きたいのは、灰崎祥吾のことなんだけど」
「あぁ、君が苗字さんか。それで、灰崎の何を聞きたいんだ?」
「なんで部活辞めたか知ってる?最近学校にも来てないし連絡も取れないんだけど、関係ある?」
「部活を辞めた理由か。知ってるも何も、俺が勧めたんだ」
「へ?」
赤司は淡々と、表情一つ変えず事実を述べ始めた。
「最近黄瀬がバスケ部に入ったのは知っているかい?」
「知ってるよ。黄瀬有名人だしね」
「ポジション的にもプレイスタイルも、灰崎と黄瀬は色々と被るんだ。今は灰崎が勝っていても、いずれは黄瀬が追い抜くことになる。そうなる前に辞めた方がいいんじゃないかと思ってね」
「それを祥吾に言ったの?」
「あぁ。それに灰崎の素行は最近目に余る。灰崎と仲がいいのなら何度も他校生と暴力沙汰を起こしているのは知っているだろう?黄瀬が入った今、もううちの部に居てもらうメリットよりもデメリットの方が多いんだ」
私は理解出来なかった。
話の内容じゃない。赤司がこうやって表情を崩さず淡々と話してる様が、だ。
申し訳なさそうな訳でもなく、問題児の祥吾を追い出したという達成感も見せず、ただ淡々としている。
「何か言いたげな顔をしているね」
「黄瀬が祥吾を追い抜くかどうかなんて、わかんないじゃん」
「わかるから言ったんだ」
「は?なにそれ。お前何様だよ。神様なの?それとも未来人?」
「言い方を変えようか。練習もろくに出ない灰崎より、黄瀬の方が伸びしろがあるのは誰でもわかるだろう?」
赤司は真っ直ぐと私の目を見て言った。
なんだろう、大人と話している時に似てるけど、大人はもうちょっと感情を含める。まるで機械と話してるみたいで気持ち悪い。
赤司の言い分は間違ってない。けど私はどれだけ正論を言われようと祥吾の味方なのだ。
「言い方ってモンがあるんじゃないの?言われた祥吾の気持ち考えたことあるの?『黄瀬にそのうち抜かされるから辞めろ』じゃなくて『このままじゃ黄瀬に抜かされるからちゃんと練習に出ろ』ってなんで言えないの?」
「灰崎にそんな言い方したって無駄だと思うけどね」
「わかんないじゃん」
「苗字さんは、一年の頃から灰崎が部活に出ない時によく一緒に居たみたいだね。灰崎に練習に出ろ、と言ったのかい?」
「言ってないよ」
「じゃあ俺も君に責められる筋合いはないと思うんだけどな」
「私は部員じゃないもん。祥吾がサボろうがどうしようが祥吾の自由でしょ」
「ほら、結局そこに行き着く。灰崎が練習に出たくないなら、辞めてもらうのが一番いいだろう?」
相変わらず赤司の顔色は変わらない。
「お前きらい」
「それはなんで?と聞いた方がいいのかな」
「正論ばっかで理屈っぽいから。人間なのに感情があること忘れてる」
「社会に出たらそれが正しい。感情を取り払わないと議論にならないと思うけどね」
「あー。お前友達いないだろ。もう無理。はいはいすいませんでした大人な赤司につっかかった私が悪かったですー」
もう負けでも逃げたと思われてもいい。これ以上赤司と話したくない。
不快感でいっぱいになった子供な私は、背を向けて部室のドアを開けた時、後で赤司が俯いてることになんて気付かなかった。