※軽い自傷表現あり
寒い日の夜は外に出たくなる。
一人で静かな住宅街を歩くのも楽しいし、夜の公園で誰かとくだらないことをくっちゃべるのもいい。
普段はなにもしたがらないくせに、こういうときだけアクティブになる。
暖かい季節にはつけられない甘い香水をつけ、お気に入りの白いファーコートを羽織りバッグをひっつかんで外に出た。
住宅街をゆっくりと歩きながら、ケータイの着信履歴を開き、目当ての人物に電話をかける。無機質な音はしばらくすると途切れた。
「もしもーし!祥吾寝てた?」
「起きてた。こんな時間になんだよ」
少しめんどくさそうな声だ。が、私は気にしない。
「バイクでどこか連れてってよ」
「あ?どこかってどこだよ」
「広い公園とか?あ、冬の海見に行くっていうのもいいかも〜」
「海は遠すぎんだろ」
免許取ったばかりだし二人乗り本当はダメなんだと毎回遠出はしてくれない。でもマイルールで地元周辺はいいらしい。わけわかんない。捕まったら同じだ。
「じゃあさ、あそこのバカデカい公園は?」
深夜に地元で一番大きい公園を散歩するのは楽しいだろう。
「夜間入れないんじゃなかったか?さみぃし外出たくねぇよ」
「チェーンしてあるだけだから入るの簡単だよ。うちのそばの中学の前で待ってる」
「あー、めんどくせぇ。ちょっと待ってろ」
こうやってめんどくさいとか言いながらも私のお願いを聞いて後ろに乗せてくれるんだから祥吾はいいヤツだ。
自宅から歩いて数分の中学校の前へとだどり付き、セーフティフェンスへと寄りかかる。
バイク乗ったら今より寒いんだろうなぁ。マフラーと手袋持ってくれば良かったかな。でもマフラーと手袋嫌いだしな。そんな事を考えているとバイクの走行音が段々と近づいてきて、目の前で止まった。
「やっぱおめぇマフラーしてねぇのな」
ヘルメットを取った祥吾は呆れた様子だ。それもそうだ。祥吾はダウンジャケットにマフラー、手袋の完全防寒だった。
「でもほら、スキニーにブーツだし前みたいにスカートじゃないよ」
「寒そうな事にはかわりねぇよ」
祥吾はバイクから降り、メットインから別のマフラーを取り出し私の首元へと巻いてくれた。
「んー、ありがと」
「手袋は」
「持ってきてない」
「いつも手袋持って来いっつってんだろ」
「ソーリー。でも祥吾のポッケに手つっこむし」
言いながらバイクに近付くと、祥吾が車体を押さえてくれた。頑張って自力でよじ登り跨る。
そんな私を見て毎回祥吾はチビだと笑うのだ。私に力があれば地面にめり込むくらい祥吾の頭を押さえつけたい。縮め。
祥吾が前に跨ったのを見計らい、すぐ腰に腕を回して祥吾のダウンジャケットのポケットに手を突っ込んだ。手袋より温かいからこうするのが好きだ。
「走るぞ。ちゃんと掴まっとけよ」
「オッケー」
私が返事をすれば、すぐにバイクが走り出す。
たまに見かけた時はエンジンふかしまくってるけど、私が乗ってる時はやらない。初めて乗せてもらった時にうるせぇとキレた事を覚えているんだろうか。変な所で律儀な良い奴だ。
通り過ぎて行くぼやけた光を楽しんでいると、気がつけば公園の入り口広場だ。
田舎だからか街灯以外にここらを照らすものはなく、暗い。
バイクから降り、チェーンを跨いで公園内に足を踏み入れる。
「ここめっちゃ広いんだよね〜」
「お前道わかんのかよ」
「わかんない。まぁ迷っても大丈夫でしょ」
「そーだな」
うちらテキトー人間ばんざーい。って言おうとしたけどやめた。どうせまた呆れられるだけだ。
何本か道があるが、まっすぐ伸びた道を歩いていく。
自分のコートのポケットに手を入れたけど、大して温かくない。祥吾は子供体温か。
しばらく歩いていると、桜広場に到着した。冬だから桜の花は咲いていない。目についたベンチに駆け寄って座ると、祥吾も隣に座った。二人でタバコに火をつけ白い息と共に煙を吐き出す。
「田舎って言ってもさー、星たくさん見えないよね」
「もっとすげぇ田舎じゃないとダメなんじゃねぇの」
「ここら辺って中途半端に田舎だよね」
「そーだな」
二人で空を見上げると、欠けた月、それから星が数個見えた。
「なんだっけなぁ、アレ。冬のなちゃら」
「冬の大三角形?」
「そー、それ。お前知ってんのか」
「んー、よく知らないけど、あの三つの星じゃない?三角に出来るし」
「ホントかぁ?冬のっつーくらいだし夏には見えねぇのかな」
私たちはバカ丸出しで真面目に星について語る。
もし星についてうんちく語られても「へぇーそうなんだ」としか返せないしつまんない。祥吾は私と同レベルのバカだから、話していて楽しい。
首が痛くなって来たけどそれでも空を見上げ続けた。
星空をみて、ふと思い出した曲を口ずさむ。
一曲歌い終わるまで祥吾は黙って空を見ていた。
「シックスティーンって16歳だよな」
「セブンティーンが17歳だから、多分そう」
「ちょうど俺らも16歳だな」
「歌詞通りだなってこの曲が浮かんだんだ」
「俺には夢なんてねぇし、ガンジャじゃなくてタバコだけどな。愛も育んでねぇし」
「友情は育んでるじゃん」
「そうだな。その歌みたいに、いつかこの時のこと思い出すのかねぇ」
祥吾は二本目のタバコに火をつけた。私もつられてタバコに火を付ける。
私の手元をチラリとみた祥吾は言った。
「その傷、最近のか?そんなとこまで歌に忠実かよ」
「見えちゃった?ごめんね」
祥吾は顔を顰めている。ごめん。
数日前に切り刻んだばかりの、私のズタボロな手首が裾から覗いていた。長袖だからと油断した。本当ごめん。
「話くらいいつでも聞いてやるしこうやって付き合うくらいするから、せめて切る前に言えよ」
「ありがと、ごめん」
「遠慮すんじゃねぇよ。親友だろうが」
祥吾はタバコを持ってない方の手で、私の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。
私の目からは生温かい汁が垂れた。
(SinAI/ヴィドール)