※もしかしたら続くかもしれない


数回出勤しただけのデリヘル店の店長――高尾さん(たしかこんな名前だった気がする)から久々に電話が来た。

「名前ちゃんそろそろ出勤してくれないー?明日とかどう?」

第一声がこれだった。マジないから。もうちょい世間話から入れよーよとか思ったけど、世間話されたらされたで「早く用件言えよ」ってなるからどっちにしたって同じことだった。
今年最後の月。年末は忘年会とか飲み会とか予定がある。だけど財布の中は寒い。お金くれるトモダチとは今は会いたくなかった。こうなると働くしかない。でも私には働きたくない理由があった。

「お金ないし仕事したいんだけど……気分じゃない」

電話の先から声は聞こえなかった。多分呆れて言葉も出ないんだろう。
人生ナメきってる私からしたら気分じゃないから出勤しないなんてごく普通のこと。
出勤決まっててなおかつ予約が入ってれば気分じゃなくても出勤する。けど気分乗らないし予約入ってないしーってときは当欠する。
こんなことが許容されるからこの仕事を続けてるんだ。普通の仕事でこんなこと数回繰り返せばクビ。私が普通の仕事するなんてムリ。気分乗らないのに仕事なんてしたら大変なことになる。
働きたくないーなんて思いながら店長の反応を待っていると、やっと声を発した。

「実は……前回入ったお客さんから電話きて明日予約いれちゃったんだよねー」

来れるっしょー?なんて軽い感じで言い放った店長に殺意が芽生える。
何してくれちゃってんのカス。そんな言葉を飲み込みながら他の言葉を探す。

「あー、うん起きれなくて当欠するかもだけど許してね」

暴言ばかりが浮かんでは引っ込めてたらこんな台詞しか出て来なかった。
私の暴言吐かまいという私の気遣いをよそに店長の台詞は信じらんないものだった。

「は!?俺困っちゃうんだけど!?」

いやこっちが困ってるんだけど!?その言葉も飲み込んだ。マジ私優しい、聖母のように優しい。

「バックちょいあげてくれるなら頑張って起きるよー」

「出勤数回の人間が何言ってんのー」

まだリピーターとってないヤツが何言ってんの。店長はそう言いたかったんだろう。だけど予約入ってるならリピーターは取れるってことだし。バックくらいあげてくれたっていいじゃん。

「じゃあお店やめる」

私の都合に合わせてくれない店で働き続ける理由なんてない。
この店は客入るし基本的には送迎してくれるしいいんだけどそれでも私のペースを崩されるんだったら他の店に移ったほうがマシ。

「わかった、雑費分引かねーから!それで勘弁して」

「やったー、じゃあ明日迎えに来てね!電話出なかったらアパートの二階の真ん中の部屋めっちゃドンドンやって。多分起きれてないから」

「……早めに迎えいくことにするわー。まじ俺店長なのになんでこんな立場弱いの」

「私たちがいないと成り立たない仕事だからねー。店長が一番えらいわけじゃないよ。じゃ、よろしくー」

そんな感じで電話を切った。
私は基本的に店長には気に入られるように頑張ってる。いや、頑張ってた。過去形。頑張ってた理由は店長に嫌われて干されたら稼げなくなるから。
でもそんな努力なんてもう出来る気がしなかった。完璧自分一番になってしまった私には到底ムリな芸当。
あーあ、結構いい店長だったんだけどな。今ので嫌われたかなー。趣味合うし話すの楽しかったんだけどなー。ちょっとの後悔を感じたけどそんなのはすぐに忘れた。


 * * *


次の日、めっちゃ奇跡が起きた。
この私が13時に起きた。ありえない。今日は雨降る。自分でそんなこと思っちゃいながらも店長に電話。

「名前ちゃんどしたのー?」

「ねえ私めっちゃ早起きできたんだけど!」

「いや早起きじゃないっしょ!俺のほうが早起きしたし」

そう言われて気分急降下。まじ仕事行くのやめてやろーかと思うほど店長にイライラした。
乗ってくれたっていいじゃん。褒めてくれたっていいじゃん。こんな気分で仕事はしないほうがいい。だけどそこはお金……昨日めっちゃ頼んできた店長のため。私は支度することにした。
そのあとはぐだぐだと支度したりネットしたりしてたらいつの間にか迎えがくる時間だった。
出掛けるときと変わらないバッグと仕事用のバッグを持って玄関を出ると地面が濡れてる。あ、もう雨降ったあとだった。私が早起きするのを予知して雨降ったんだよねそうだよねー。なんて空に親近感が沸く。まだ明るめな空を見上げたら明るいのに月が出ててびっくりした。
普段明るい時間に空を見上げるなんてことはしない。今日は空に親近感覚えたから特別。
そんな特別のおかげで明るい時間に出てる月が見れて気分が良くなる。数時間前のイライラはもう忘れていた。


 * * *



アパートの会談を降りるとすでに送迎車が止まっていた。

私が近づくと後部座席のパワードアが自動で開いた。

「早めに来たはいいけどまさかちゃんと降りてくるとは思わなかったわー」

「褒めてー」

私は褒められるのが好きだ。お世辞でも社交辞令でもなんでも嬉しい。
後部座席から身を乗り出したら頭撫でてくれたから私はまた気分がよくなって笑う。

「お、あと髪暗くしたんだなー、似合う似合う」

「自分的にはあんま落ち着かないんだけどね」

そういいながら座り直すと車が発進した。

「なー、まだ時間早えーしどうする?飯食った?」

「今日はまだなんも食べてないけどあんまおなか空いてない」

「じゃー俺も今日なんも食ってないし軽いものいっとくー?」

「あ、コ○ダ珈琲行ったことないから行ってみたーい!」

私がそう言うと店長は道を聞いてきた。私にわかるわけがない。

「え、どこら辺にあるかはなんとなく知ってるけど道知らない」

「ちょ、地元だろ。わかんねーとか」

店長はく笑ってるけど、わかんないものはわかんない。地元だってショッピングモールくらいしか行かないからその他の場所への行き方なんて知らない。

「あー。あっちのほうの駅に向かって行けばあると思う」

確かそんなんだったと思う。そう言うと曖昧だなってまた笑われた。
なんとか私が「ここ見覚えある!」とかナビゲートして無事辿り着くと、店長はまた笑ってた。
喫茶店に入って喫煙席に案内してもらうと、店長がハンバーガーを指差してウマそうだと騒いでいた。

「俺これにしよー。名前ちゃんは?」

「私シロノワールとこのサマージュース」

サマーじゃないけど。今冬真っ盛りだけど。でも甘夏のジュースがとても美味しそうに見えたんだから仕方ない。
私がコレと指差すと、店長はすっごい驚いた表情を浮かべてた。

「あれ、前デザート買ってあげたときあんま甘いモン好きじゃないっつってなかったっけ」

「好きじゃないけど嫌いでもないよー。たまに食べたくなる」

そのたまにがたった今現在。店長に注文してもらい、シロノワールが来るのを待つ。

「なー、名前ちゃんってさ」

「ん?」

「なんか幸せじゃなさそーな顔してるよな。幸薄いって感じじゃーないんだけど」

「は?めっちゃハッピーですけど」

「あ、わかった。顔死んでんだ」

実は顔死んでるって言われたの今月三回目だったりする私は笑った。

「あー、それはよく言われる。最近昔の写メみたんだけどね、それも自分でわかるくらい顔死んでた」

「笑ってるのに目笑ってねーもん。コエー」

「裸眼でも目生きてるって妹に言われたし」

「噂のお姉ちゃん大好きな妹ちゃんか。それ妹ちゃんがお姉ちゃん大好きすぎてそう見えてんじゃねーの」

店長は爆笑しだした。笑うほど私の顔は生きていないらしい。
そんなくだらない会話をしてると、店長の頼んだハンバーガーとコーヒーに、私の頼んだシロノワールとサマージュースが運ばれてきた。

「うわデケー。名前ちゃんそれ一人で食えんの」

「多分食える、イケる」

「ちっちゃい方頼めばよかったんじゃね?」

「万が一食べきれなくても店長いるから平気」

俺アテにされてんのーなんて店長は笑った。
食べきれなくて残すなんてこと滅多にしないけど。どんなに苦しくてもムリして食う。
だからすぐ体重増えるんだろうけど。でも食べ物無駄にするバカ女になるくらいならまだデブった方がマシだと思った。

「それにしてもシロノワール初めて食べるー!嬉しー」

「おっ、名前ちゃん今顔めっちゃ生きてる」

「食べ物の前でのみ輝く表情だってトモダチに言われた」

そう言ったらまた店長が笑い始めたけど私は念願のシロノワールを口に運ぶことのみに全力を注ぐことにする。
ブレッドの上にソフトクリームが乗ってて、それにメープルシロップをかけて食べるヤツ。なにこれマジウマそう。
写メるのを忘れず、さてメープルシロップをかけようとしたら店長が「俺がかけてやるよー」なんてかけやがった。私がかけたかった。
沸点の低い私はちょっとムカつきながらもパンとソフトクリームを一緒に口に運んだ。

「なにこれパンふわっふわ!ウマ!」

「めっちゃ幸せそー」

語尾に草生えてんじゃないのって感じに店長が笑いながら写メってきた。撮影料取んぞ。一瞬そう思ったけど今はシロノワールのことで頭いっぱいだから許す。
もうこの後は全力で仕事頑張ろう今日ちゃんと起きて仕事行くことにしてよかったとか思った私は紛れもなくバカ。



20140106
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -