出会いは突然、なんてドラマチックなものではなく、それはゆるやかな始まりだった。
夜職の人間の周りには夜職の人間が集まる。そもそもまともな人たちとは活動時間帯が違うのだから当然だと言えば当然だ。
一緒に働いている親友の高校時代の先輩がホストをやっているらしく、いつの間にか私はその先輩と仲良くなっていた。そして、先輩の知り合いのホストとも顔見知りになっていた。
その知り合いのホストと私の始まりはいつの間にか、という言葉が合う。それほど彼――辰也との始まりは曖昧でゆるやかだった。
いつ何処で、どんなときにどうやって仲良くなったのかも覚えていない。
「名前、次のデートはどこに行こうか」
テーブルに向かい雑誌を読んでいると、狭いアパートの部屋に辰也の声が響いた。が、雑誌をめくる私の手は止まらない。
「どこでもいー」
「やっぱりデートじゃなくて、みんなで出かけたほうが楽しいかな?」
私の言葉を気にしたように提案し直す辰也に内心ため息を吐く。
私が雑誌読んでるのわかんないの。空気読めないの。なんで邪魔するの。デートに誘われたというのに、私の心には負の感情が渦巻くだけ。
「買い物がいいー。ゴールズの新作、久々に私の好みだから」
そんな愛想のカケラもない言葉に辰也は私の肩を抱いてきた。
ちゃんと反応したことに喜んでいるのだろうか。楽しそうな声色で辰也は言った。
「今月売り上げ良かったから色々買ってあげるよ」
「やったーありがとー」
さっきの冷たさはどこ行ったというほど、私も必死に嬉しそうな声を絞り出した。
すると気を良くしたのか、私の頬に辰也の唇が当たった。私の視線は雑誌に落ちたままだ。
* * *
休日、私たちは渋谷へと来ていた。
目当ての店は新宿にもあるけど、お互いの客と鉢合わせないようにと配慮して渋谷になった。渋谷はちょっとだけ嫌いだ。歩いている人間が未知の生物に見えてくる。同じ山手線沿いでもこうも違うなんてなんか笑える。
辰也は片手にゴールズのショップバッグを持ち、私の手を握って相変わらず楽しそうに歩いている。こんな私と一緒にいて楽しいなんて頭がおかしい。そう、辰也は頭がおかしいんだ。だから私は――。
「ねえ、他に行きたい所ある?」
「もう疲れた」
「じゃあどこかで休憩しようか。どこがいい?」
「人がいるとこはイヤ」
「ネカフェにでも行く?」
「病むからイヤ。だったらラブホ行こ」
「ちょっとの距離だけど、タクシー拾おうか」
そういって辰也は車道へと視線を走らせ始めた。そんな辰也を見てこの場から逃げ出したくなる。
なんで辰也はこんなに私に優しくするんだろう。ここまで優しくされると必死こいて作り上げた私が崩れ落ちそうになる。男なんて好きになっても意味ない。利用するだけ利用して捨てればいい。いつも気づけば私の心に入り込んできている辰也が怖い。これ以上はダメだと警鐘が鳴った。だから冷たくし始めたはずなのに、それでも見捨てない辰也は頭がおかしい。
そもそもいつから私はこんな風になってしまったんだろう。何が強くて何が弱いんだろう。何も考えず辰也を愛せたら楽なのに、それでも私は今の私であることをやめない。やめられない。