世間一般では夏休み。
店長に駄々をこね、長期休みをゲットした私は現在大阪に来ていた。
テツくんと一緒なんて事はなく、一人なのが悲しい。
なぜ大阪に来たのかというと、テツくんの合宿地が大阪だと聞き本場のたこ焼きが食べたくなったから。
普段出不精なのにこういうときだけフットワークが軽い不思議。
「んー、どうしよっかなあ〜」
何日か滞在する予定だから、たこ焼きは急がなくてもいい。
どこか面白い観光場所はないだろうかとスマホで検索すると、今年のインターハイの開催地が大阪だという情報をゲットした。
確か、涼ちゃんがインターハイ出るとかなんとかチャットアプリで言っていた気がする。
涼ちゃんもとい黄瀬涼太くんとは一度顔を合わせただけで、あとはチャットと無料通話でやりとりするくらいの関係だが、インターハイ見に行くのもいいかな〜。
バスケの試合をちゃんと見たことはないし、テツくんが夢中になっているモノだ。ちょっと気になる。
すぐさまチャットで涼ちゃんにいつ試合かと聞くと、一分も経たずに返信が来た。
『明日開会式で、試合は七日後なんッスー☆』
その返信を見て、開会式と試合こっそり見に行こうかなとネットで開始時間などを調べ予定を立てた。
翌日、ネットでインターハイ開会式の開始時刻に間に合うように会場へと足を運ぶ。
会場の中央にはジャージを着た高校生たちがズラりと並んでいた。
バスケをしているだけあって、身長が高い子が多い。
その中で更に頭一個分ほど飛び出た紫色の髪をした子に視線を捕われる。
何メートルあるんだろう。私と何センチ差あるんだろう。
開会式が始まっていることにも気付かず紫頭の子を眺めていると、いつの間にか開会式は終了していた。
あ、涼ちゃん探すの忘れてた。まぁ暇つぶしにはなったかと、分からなくなってしまった会場の出口を探していると、角で誰かとぶつかり尻もちをついてしまった。
「すいません、大丈夫ですか?」
「痛ー」
ぶつかった相手を見上げると、そこにはジャージを着た赤い髪の美少年。
多分、選手の子だろう。
こっちこそごめんねと立ち上がろうとすると、手を差し出されたので躊躇いもなくそれをつかんで立ち上がった。
「怪我はないですか?」
「んー、足首ひねったかも」
テツくんと一緒のときは身長差を気にしてヒールの低いものを履いているが、今日は高いモノを履いていた。
そのせいで捻っちゃったみたいだ。地味に痛い。
「救護室があるので、そちらへ」
「これくらいなら歩けるからヘーキだよ」
美少年から手を離しへらりと笑うと、案内するので行きましょう。と有無を言わさぬような笑みで腕を差し出された。
まあ、美少年と腕組めるならいいかと迷わず絡みつき、頷く。
「大丈夫ですか?もっとゆっくり歩きますか?」
歩き始めると、美少年は気を遣ってくれているのか亀のような速度で隣を歩いてくれている。
「高いヒールって歩き難くないんですか?」
「慣れちゃえばヘーキだよ。すぐ疲れるけど」
私が退屈しないようにか、様々な話題を振ってもらっているうちに救護室へとたどり着く。
中に入ると係りの人はいないのか、シンと静まっていた。
「誰もいないようですね。僕がやりましょう」
座って下さい。その言葉に従いベッドへと腰掛けると、美少年は跪いて器用に私のサンダルを脱がし、湿布やテーピングを施していく。
一人称が僕で敬語って、なんだかテツくんみたいだなーと思い出していると、笑いが漏れてしまっていたのか不思議そうな表情で美少年が見上げてきた。
「どうかしたんですか?」
「ちょっと知り合い思い出してさー」
「そうなんですか?」
「うん。知り合いはもっと雰囲気柔らかいけど」
この子の敬語はなんというか、事務的すぎてテツくんとちょっと違う感じがする。
あぁテツくんはまだ大阪には来てないんだろうか。顔を少しだけでいいから見たい。
一般的には目の前の美少年の方が容姿は整っていると思う。
だけど私は可愛いテツくんの顔を見たいのだ。イケメン大好物なのに不思議。
「ねー、名前なんて言うの?」
「赤司征十郎です。貴女は?」
「私は#myoji#名前ー。てか征十郎って長いけどカッコいい名前だね」
せいじゅうろう。古風でカッコいい名前だ。私の名前は古風でもなければイマドキでもない至って平凡な名前だから羨ましい。
DQNネームより古風な名前の方がカッコいいなと感じるのは私が歳を取ってしまったからなのだろうか。
それより、当初の目的を思い出した。
「ねえ征ちゃんさー」
「いきなり征ちゃん呼びですか」
「インターハイ出るんだよね?学校はどこ?」
「……聞いてないですね。洛山ですが」
「洛山?神奈川の高校じゃないんだ?」
「京都です」
どうやら涼ちゃんの学校の子ではないらしい。
でも聞いてからすぐに気付く。涼ちゃん探すなら本人に連絡した方が早くないかと。
征ちゃんは何故神奈川だと思ったんですかと訝しげな表情で聞いてきた。
「ちょっと神奈川の、えーと、なんだっけカイジョウ?高校に知り合いがいるからさー」
「海常ですか?そこなら僕の中学時代のチームメイトが通っていますよ」
「あれ、中学は神奈川だったの?」
「東京の帝光中学です」
どうやら中学までは東京にいたらしい。美少年だし、今も東京にいるんだったら連絡先くらいい聞いたのになー。
ちょっと残念に思っていると、あれ?と気付く。
帝光ってもしかして、確かテツくんと涼ちゃんと大輝が通っていた中学じゃなかったっけ?
よくテツくんが帝光中がどうこう話してた気がする。涼ちゃんと大輝は中学時代のチームメイトって言ってたし。
そして赤司という名前にも聞き覚えがある。テツくんが「赤司君が〜」など言っていた気がする。記憶力悪いから確証は持てないけど。
「え、もしかしてテツくんと涼ちゃんと大輝知ってたりするー?」
こういうことは考えるよりも聞いたほうが早い。
私がうろ覚えの三人の本名で言い直すと、征ちゃんは目を見開き驚いているようだった。
「三人と知り合いなんですか?」
「んー、大輝と涼ちゃんはそこまででもないけど、テツくんとは良く会うよ」
「年上だと思ってたんだが、もしかして僕と同じ年か?」
「いや、私ハタチ超えてんだよね。まぁ敬語はいらないよー」
堅苦しいのキライー。そういうと征ちゃんは安堵した様子だった。
同じ年だと思ってタメ口きいたらやっぱり年上だったとなるとやっちまったと思ってしまうんだろう。
征ちゃんは目の前のスツールに腰掛け、私に問いかけてくる。
「三人とはどういった関係なんだ?」
もはや敬語は跡形もなく消え去り、気にした様子もなくタメ口だ。
よく敬語で喋らなきゃって感じないとか言われるので慣れているからいいけど。
「涼ちゃんと大輝はテツくん繋がり。テツくんは私が酔っ払ってたのを家まで送ってくれたんだ〜」
大輝とはもうヤりたくないので連絡もスルーすることが多いから知り合いと言っていいのかナゾなんだけど。
もはや私がヤり逃げしたみたいになっている。それでも気にせず連絡してくるヤツはなかなかの大物だ。
征ちゃんは何かを思案するように俯いたあと、微笑んで私を見据える。
「それは、いつも三人が世話になっているね。何か困ったことがあったときは僕に言ってくれ」
連絡先を交換しておこう、そういって征ちゃんはエナメルバッグからスマホを取り出した。
「IC送信でいいー?」
「いいよ。特に大輝辺りが迷惑をかけそうだな。そういう時は僕に言ってくれてかまわないよ」
こうして連絡先を交換し、出口まで送ってもらった後に私はホテルへと戻った。
涼ちゃんには別に行くと言ったわけでもないし、連絡はしなかった。
チャットアプリを開くと征ちゃんが友達リストへと追加されていたので、今日のお礼を簡潔に送っておく。
そういえばテツくんは未だガラケーだったな。今度スマホに機種変するお金でも出してあげよう。チャットできたほうが便利だし。