すでに見慣れてしまったシックな外観のアパートの二階、名前さんの部屋の前でインターホンを鳴らす。
……何回か鳴らす。鳴らしているんだが、反応はない。
今日訪ねてもいいというのは僕の勘違いだったんだろうか。
思わず今日のお昼にやり取りをしたメールを確認するが、仕事は休みだから来てもいいとちゃんと書かれている。
もう一度インターホンを鳴らすと、ドアの向こうからバタバタと駆けてくる音が聞こえた。
ガチャリ。ドアが開き、顔を覗かせた名前さんはスッピンに赤いフレームの眼鏡をかけ、ボサボサのストレートヘアに――下着姿で出迎えてくれた。

「あ、テツくんごめん!寝ちゃってた〜」

「大丈夫ですけど、ちゃんと誰が来てるのか確認してからドア開けましたか?」

来るのテツくんくらいだしと首を横に振った名前さんに溜め息が漏れた。
なんでこの人は危機感というモノを持たないのだろうか。

「僕じゃなかったらどうするんですか。しかも下着で出てくるなんて……もっと危機感を持ってください」

「えー、気にしちゃ負けだよ」

軽く笑いながら僕の言葉を流す様子に更に溜め息が漏れる。
溜め息を気にする様子もなく部屋の中へと戻って行ったのに続き、僕も足を踏み入れ鍵をかけた。何回も来てしまえば慣れたものである。

「テツにゃんウチ泊まるのは初めてだね〜。親御さんには何て言ったの?」

「友達の家に泊まるって言って来ましたよ」

「年上のオネーサンのトコに泊まるとか言っちゃダメだよ。私まじ捕まっちゃうから」

「そんなこと言うほどバカじゃないです」

彼女は高校一年生の僕よりも6歳も年上で、しかも恋人同士という訳でもない。簡単に言えば、体だけの関係。
そんなことを周りに言ったら間違いなく名前さんは捕まるだろう。
好意を寄せている彼女をそんな目に合わせるはずがない。

「それより、たまにテツにゃんって呼ぶのどうにかならないんですか……」

「いいじゃん、可愛いじゃんテツにゃん」

「出来ればやめて欲しいんですけど」

「あ、テツにゃん夕飯何食べたい?外食べ行く?デリバリー頼む?」

彼女の中に手料理を振舞うという選択肢はないんだろう。
前に一度作って貰ったのだが、不味いなんてことはなく寧ろ美味しかった。
だけど料理するのは面倒くさいらしい。
折角仕事が休みなのに、手料理が食べたいとは言えなかった。





「お待たせー」

結局外で食事を取ることになり、名前さんの身支度が終わるのを小説を読みながら待っていると、小説を取り上げられキスされてしまった。
ボサボサだった髪は綺麗なストレートヘアになっており、いつも見る仕事用の化粧とは違いナチュラルに仕上げられていた。
この格好でいい?と見せてきた服装は、ダメージジーンズに背中部分に布がなく丸見えになっているトップス。そして胸元が際どく開いていてエロい。色っぽいとか通り越してエロい。これはダメだ。

「ちょっと露出が多くないですか?」

「こういうのキライ?」

「嫌いではないですけど……」

そう、嫌いではないが、他の男に見せたくないというのが男心。そんなこと言ったら「付き合ってもないのに何言ってんだこのガキ」と返されそうで胸の中に留めておく。

「けど?」

まさか掘り下げられるとは思っていなくて一瞬言葉に詰まる。
そんな僕の様子を見て笑って、しつこく聞いてくる名前さんに根を上げてしまった。

「あんまり、他の男に見せたくないんです」

ただでさえ仕事でドレスやらイベント用の衣装やら際どい格好をして客に見せているのだ。
この前貰った写メなんかペラペラのナース服だった。
休みの日くらいはその惜しげもない格好をどうにかして欲しい。
そんな僕の言葉を聞いて、何かを企んだような笑みを浮かべる名前さんに嫌な予感がする。

「テツにゃんカワイイ!でもね、この服は」

テツヤくんを誘うために選んだんだよ。ソファーに座っていた僕の上に跨り、耳元で囁かれ一瞬にして理性が吹っ飛んでしまった。

「名前さん……」

荒々しく口付けると、名前さんはそれに答えることなく僕の上から退いた。

「ご飯食べに行って帰ってくるまではダーメ」

悪戯に笑う彼女を無理矢理犯してしまおうかと一瞬考えたけど、嫌われたくない臆病な僕にそんな芸当は出来るはずがなかった。




名前さんと僕の家の最寄駅から二駅の場所にある、栄えた街中を歩く。

「うーん、土曜日だからどこも混んでるねー」

僕の腕に絡み付いている名前さんは不満げな表情を浮かべていた。
目線より下にある頭を覗き込み、宥める。

「普段あまり一緒に外に出ることなんてないですし、たまには一緒に歩くのもいいじゃないですか」

「んー、テツくんと一緒なのは嬉しいけど、でもやっぱどっか予約しとけばよかったぁ〜」

人混みが嫌いなのだろうか、はたまた外があまり好きじゃないのか不満げな表情は変わらない。
しばらくブラブラと歩き周り、混んでいても名前書いといて待ってようと結論が出て、先ほど美味しそうだと話題に上がったイタメシ屋まで戻ると、聞き覚えのある声に呼びかけられた。

「テツ!」

声のした方へと視線を向けると、そこには青峰君と黄瀬君の姿。
マズい、すぐに逃げたい。
気付かなかったふりをしてスルーしていると、いつの間にか二人は目前へと来ていた。

「黒子っち!久しぶりっすねー」

「テツ、このおっぱいデカいネーサン誰だよ」

名前さんをチラリと見やると、二人を見上げ「デカッ……」と眉間に皺を寄せている。
身長の高さにか、青峰君の不躾な態度に眉間を皺を寄せているのか。
黄瀬君の容姿に見惚れている様子ではなく安心してしまった。

「お久しぶりです。そして青峰君、初対面の人に失礼です」

「テツにゃんお友達?私名前書いてくるから話してていいよ」

挨拶する気はないのか、名前さんは僕の腕から離れ、店内へと移動しようとしている。
すると黄瀬君が名前さんの腕を掴んだ。

「あ、俺たち結構前に名前書いたんで、一緒で良ければ人数だけ書き直せばもうすぐ入れるっすよー」

「え、いいの?」

「悪いのでやめておきましょう」

勝手に話を進められ、思わずムッとして断ろうとするが、黄瀬君は気にした様子もなく言葉を続けた。

「青峰っちもいいっすよね?」

「おー。別に構わねぇよ」

じゃあお言葉に甘えよう!と待たずに済むことになった名前さんは機嫌がよくなっている。
折角名前さんとデートだったのに邪魔しやがって。そんな思いを込めて黄瀬君の背中に拳を入れた。

「イタッ!ちょ、黒子っち酷いッス!」

黄瀬君が声をあげて泣き真似を始めたが、名前さんはそれをスルーしてまた僕の腕へと絡み付いてきた。
そんな些細な事で、まぁ今回はしょうがないと僕の機嫌も直った。




名前さんと黄瀬君と青峰君が自己紹介をしていると、注文した料理が運ばれてきた。
僕がトマト系ソースのパスタ、名前さんはトマトクリーム系のパスタだ。

「テツにゃんのおいしそー!一口ちょうだい」

「いいですよ、どーぞ」

「ん、こっちもおいしー。私のも一口あげる」

二人がいることを半分忘れ、いつものノリでやり取りをしていると、二人はポカンという言葉が似合うような表情を浮かべていた。

「えっと、名前さんと黒子っちってどんな関係なんっすか?」

聞かれると思った。なんて答えようかと思案していると、すかさず名前さんが答える。

「私が酔っ払って気持ち悪くて死にそうだったのをテツくんが助けてくれたんだー」

それから仲良くしてるんだよねー?笑顔で僕に抱きついてきた名前さんに、内心複雑になりながらも頷く。

「彼女じゃねーの?」

「テツにゃんに手出したら私捕まっちゃうしー」

僕から離れ、軽く笑いながら青峰君の問いかけに答えている様子をじと目で見る。
出会ってすぐに手を出してきた名前さんがそれを言うか。
でも、そう言葉を続けた名前さんの声に耳を傾ける。

「私が10代だったら絶対テツにゃん彼氏にしたいよねー」

一瞬舞い上がりそうになるも、すぐに気落ちする。
遠まわしに、20代の名前さんの恋人にはなれないと言われている気がして。

「じゃあ俺はどうっすかー?」

「あー、黄瀬くん?だっけ。悪いけど好みじゃないんだよねー。だったら青峰くんのほうが好み」

「名前さん辛辣すぎっス俺泣いちゃう」

「ハッ、モデルだからって調子に乗ってるから俺に負けるんだよ」

なにやら言い合いが始まった二人を呆れて見ていると、テーブルの下で手を握られた。
名前さんの顔を見ると、にこりと笑みを向けられる。
そんな仕草をされたら、もう僕は手を握り返して微笑み返すしかないじゃないか。
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