辺りにはこれから出勤通学するであろう人がちらほらと駅に向かって行っている。
そんな私は駅とは真逆の、自宅への道をひたすら歩く。
覚束ない足取りで歩いている私は誰がどうみても酔っ払いだろう。
綺麗にセットされた髪型が崩れることなんて気にせず、ズキズキと痛む頭を抑える。どうせすぐにシャワーを浴びて崩すんだから気にするだけ無駄だ。
いつもならばホスクラに寄ったあとは最寄り駅からはタクシーに乗るのだが、今日に限ってタクシーは出払っていた。
それにしても仕事終わりにノリでホスクラの二部へ行ったのは失敗だった。
初々しい新人クンを期待して初回の店へ行ったのに、初々しいホストなんて居やしなかった。寄り道なんてせずに店に送り頼んだほうがよかった。
「あー……気持ちわるいぃー」
吐くほどではないけどグルグルと胃の辺りに気持ち悪さを感じ、道端にも関わらずしゃがんで膝をつくと、頭上から声が聞こえた。
「大丈夫ですか?」
透き通るような、それでいて低い声。
え、ちょうイケボなんだけど。気持ち悪さも忘れ顔を上げると、水色の髪の、学ランを着た少年がいた。
超絶イケメンまではいかなくともそれなりに整った顔立ちで、純朴そうな癒し系の雰囲気に胸がキュンとなる。
それにこんな私を心配して声をかけてくれるなんてなんともいい子臭が漂っている。
この子家に連れて帰りたい。酔いが回っている私の思考回路はどう考えても可笑しかった。
「大丈夫じゃない、死にそうたすけて」
「えっと……じゃあ家まで送ります。あ、ちょっと待っててもらってもいいですか?」
通学中であろう少年は、私の言葉に嫌な顔ひとつせずに送ると申し出てくれた。
エナメルバッグからケータイを取り出しなにやら文字を打ち込むと、手を差し出してくる。
「立てますか?」
その問いかけに頷き少年の手を取って立ち上がるがよろけてしまう。
すかさず少年が腰に手を回して支えてくれたから倒れることはなかった。
「家はどこら辺ですか?」
「あっちの方ー」
家がある方角を指さし住所を伝えると、少年はすぐに分かったのか迷うことなくゆっくりと歩き始めた。
「ありがとう、これから学校でしょ?大丈夫?」
家に連れて帰りたいとか思ってる私が言うなという感じだけど、少年が遅刻しないか気にする理性はあったみたいだ。
「友達にメールしておいたので、少しくらい遅刻しても大丈夫です」
具合が悪い人を放っておけません。そう少年が呟いたのが聞こえ、少しバツが悪くなる。
ごめんねオネーサンただの酔っ払いだから放っておいてもよかったんだよ。
多分私が発する酒の匂いで酔っ払いだと気付いているだろうに、本当にいい子だ。
だがしかし少年に助けを求めたことに後悔はしていない。だってこの子可愛い。
住んでいる部屋の前までたどり着き、少年に「バッグの中にキーケース入ってるから」と告げて開けてもらった。
支えてもらいながら部屋の中へ入ると、少年は私を心配そうな表情で見つめた。
「家には着きましたし、大丈夫ですか?」
大丈夫ですか?とは、もう帰っても平気ですか?ということだろう。
私は少年に抱きついて唸る。
「んー、お水飲みたいー」
少年の肩に擦り寄りながらそう言うと、少年は一瞬体を強張らせた。
「……じゃあ、少しお邪魔しますね」
「ん、ミネラルウォーターが冷蔵庫に入ってるはずー」
少年に支えてもらい、リビングまで進むとすぐさまソファーに身を沈める。
お水持ってきますね。と対面式キッチンまで足を進める少年を眺める。
ミネラルウォーターはすぐに見つかったのか、キッチンからペットボトルを持ってこちらに歩いてきた。
「飲めますか?コップに入れた方がいいですかね」
私を覗き込むように屈み、キャップを開けて差し出してくれる少年に、なんて気遣いの出来る子なんだろうと感心した。
そんないい子を半ば騙すように、首を横に振った。
「飲ませて?」
相変わらず酔ってはいるが、もう気持ち悪さも頭痛も収まってきていた。
自分で水を飲むくらいなんてことはないが、この可愛い少年に飲ませてほしい。
飲ませて、とは勿論口移しでという意味で言ったんだけど、少年には通じなかったのか私の隣に腰掛けペットボトルを口元へと近づけてきた。
内心舌打ちしつつ、一口ごくり。
その勢いで数口飲み込むとペットボトルは離れていった。
「あの、では僕はそろそろ……」
帰ります、とでも言おうとしたんだろう。
遮るように少年の肩へと凭れかかり、腕を絡ませる。
「名前、教えて?」
「黒子テツヤです。あの……そろそろ……」
「テツにゃん」
「え、テツにゃ……」
「テツにゃん、オネーサンとイイコトしない?」
酔っ払いの私に淫行条例なんて言葉が浮かぶはずがなかった。
「んー、やっと酔い覚めた」
酔いが覚めても、今の状況を見て慌てるという選択肢は私にはなかった。
上半身裸のテツくんはソファーの背もたれに寄り掛かり、息を乱している。
そして乱れた衣服を身にまとった私を見て、顔を赤らめた。
「あの、その、すいません」
なぜテツくんが謝るのだろうか。実際謝らなきゃいけないのは私の方なんだけどな。
テツくんが警察行ったら確実にしょっぴかれる。
「なんで謝るの?」
テツくんの膝上に跨り、頬を包み込んで唇同士を合わせると、びくりと肩を震わせた。
初々しい反応に思わず笑みがこぼれる。
「その、酔っている女性にあんなこと……」
「初めての割りには、すごい気持ちよかったよ?」
その気にさせたのはいいものの、初めてなんですとぎこちなくコトを進めるテツくんは本当に可愛かった。
年下の童貞っていいかもしれないと、変な趣味に走りそうになるくらいに可愛かった。
先ほどの情事を思い出し、深く口付けると、肩を圧された。
「あんまりキスされると……」
下着越しにテツくんのモノが大きくなるのが分かる。
高校生って元気なんだなあ。
「お風呂のお湯溜めて来てくれる?もう一回、お風呂でシよっか」
クスリと笑みを零し、また唇を押し付けた。
お風呂で二回。流石に疲れてしまった。
リビングのソファーでテツくんに膝枕してもらいながら時計に目をやると9時前だった。
「あ、テツにゃん。もう9時になっちゃうよー」
「学校……!」
通学中だったことを忘れていたのだろう。はっとした様子で額に手をあてている。
可愛いなあ。腕を伸ばしテツくんの頬を撫でると、困惑気味に微笑んでくれた。
「今日はありがと、またウチ来てくれる?」
「貴女がよければ、また会いたい、です。あと名前……」
そうだった。名前教えてなかった。
名前を告げると、私の頭を持ち上げ一旦退き、私の上へと覆いかぶさってきた。
「名前、さん」
遠慮がちにキスしてくる様子に、笑みが抑えられない。
本当にまた会ってくれますか?そんな可愛らしい問いかけに頷き、連絡先を交換して学校へと送り出した。