名前さんがウチに来てから数日。まずしたことといえば、病院に連れて行ったことか。
名前さんは医者に怒られてむくれていた。酔っ払って飛び降り挙句の果てに医者に怒られるなんてアホすぎる。俺は名前さんの背後で笑いを堪えるのが大変だった。
そして病院後に俺の家で生活するにあたって必要なものを買った。お金を渡されたので名前さんがタクシーで待機し、下着も服も全て俺が買いに走った。解せぬ。
そして名前さんは案外女子力が低かった。聞いたところキャバ嬢をやっているらしく普段の見てくれはいいのだが、俺が部活から帰っても朝と同じ服装で髪の毛もボサボサ……。
一応モデルでイケメンな俺と一緒にいるんスけど。そういうと「へーモデルやってたんだー。まあイケメンがいようがなんだろうが出掛けたり仕事に行くわけでもないし家の中で着飾る意味がわからないめんどくさい」と返された。
俺は大人になってもキャバクラなんか絶対行かないと誓った。

「名前さん先にお風呂入っていいッスよー」

バスタブにお湯を張り、リビングに戻ると名前さんは誰かと電話していた。
ヤベー、お客さんだったら名前さん困るよな。両手を合わせゴメンのポーズを作ると、名前さんは眉間に皺を寄せた。
というかなんで俺が風呂の世話までして、名前さんの電話に気を遣っているんだろう。おかしい、絶対おかしい。
巷で人気のモデルを捕まえて世話させていることに名前さんは疑問を抱かないのか?いや、この人がそんなこと考えるわけなかったッスわ。まぁうちに泊まればと俺が言い出したことだし怪我しているのだから大目に見よう。

「あー、うん。ちょっと著事情でここ数日涼ちゃんの家にいるんだよねー……」

名前さんはスマホを耳にあてながら困ったような表情を浮かべていた。
俺の名前を出すということは、黒子っちか青峰っちが相手だろう。
だったら話を聞かないようにと部屋を出ることはしなくてもいいだろう。
電話が終わるまで隣に座って待っているか。
隣に腰掛けると、通話音量の設定が大きいのか電話相手の声がかなり聞こえてくる。

「どういう事情で黄瀬くんの家にいるんですか」

電話相手は黒子っちみたいだ。電話だからかいつもより声が低く感じる。

「ちょっと怪我しちゃってさー、神奈川からそっちに帰るのが大変なんだよね」

あ、そういえば名前さんの首と足に噛み痕があったけど、あれは誰にやられたのだろう。
黒子っちがやるとは思えないし、やっぱり不特定多数の男の中の誰かなのだろうか。まぁ俺には関係ないけど。

「怪我!?大丈夫なんですか!?」

黒子っちが珍しく声を荒げ、慌てているのが伝わってくる。
お風呂冷めちゃうし俺先入ってもいいんスかねー。そう考えながらも、名前さんと黒子っちの電話の内容が気になって動く気にはなれなかった。

「大した怪我じゃないから大丈夫だよ」

「大した怪我じゃないなら自分の家に帰ってください」

今のは俺が発した言葉ではなく、黒子っちだ。
俺に迷惑かかると思って言ってくれてるんスかねー嬉しい!なんて一瞬思ったが、すぐに違うと気付いた。
多分、黒子っちは名前さんが好きなんだろう。そして、他の男の家にいるのが気に食わないのだろう。俺の予想は当たっていると思う。

「電車乗るの辛いし、かといってしばらく仕事出来ないからタクシー使うのも控えたいし」

「やっぱり怪我酷いんじゃないですか?僕、黄瀬くんの家まで行きます」

え、俺が遊びきてよーって誘っても来なかったのに、名前さんのお見舞いなら来るの?黒子っち酷い。俺泣いちゃう。俺の一人百面相は端から見たら結構危ない人だと思う。

「えっ、いいよ。テツにゃん部活忙しいでしょ?治って家帰ったら一番に顔見せるから」

名前さんは額に手を当てて顔を顰めている。
そして、「あ、涼ちゃんお風呂沸かしてくれたんだったよね。ごめんね電話切るね、おやすみ」と通話を終えた。
スマホをソファーの端へと投げ捨てると、名前さんは溜め息を吐いた。

「黒子っちに会いたくないんスか?」

もしかして本気になられてうっとおしいと思っているのだろうか。
仲が良い(と俺は思っている)友達がそういう扱いを受けているのを見て少し胸が痛む。
俺だって女の子に同じことしてるんだし、泊めてる俺がそんなこと感じる権利はないけど。
でも俺の予想と違い、名前さんは首を横に振った。

「会いたいけど会えないんだよねー。この噛み痕見られたらマズい」

「あー、それ黒子っちが付けたんじゃないんスね」

でも他の男に付けられたとして、何故名前さんは気にするのだろうか。
本気で好きでもない黒子っちに怒られて面倒だったら、切ればいいだけじゃないか。
俺は疑問に思ったことを聞いてみた。

「でも、見られて困ることでもあるんスか?」

「宥めたりするのが面倒なんだよね」

「面倒だったら終わりにすればいいんじゃないの?」

「テツにゃんは私の一番のお気に入りだから」

呟くようにして放った名前さんの言葉は、なんだか酷く霞んで聞こえた。
もしかして。ふと浮かんだ予想を口に出そうとして思いとどまる。
俺が言っていいことじゃない。多分名前さんは自分で気付いていながら心の奥底に押し込めている。これも予想だけど。
人の心なんて読めないのだ。人間は相手の心にある真実を予想・想像・願望・妄執で作り上げる。
似た者同士の俺でも、名前さんの深層心理は想像することでしか知りえないのだ。

今日もベッドの上で体を交わせながら、俺と名前さんの欲しいものは一体何なのかと考え嘲笑した。
俺も、名前さんも、答えが出ないから好きでもない人間と体を繋げているんだ。
本当に似た者同士だとまた嘲笑いが漏れた。
黒子っちには悪いけど、名前さんといると酷く心地がいい。
名前さんに本気だと俺が勝手に想像し作り上げた黒子っちに、名前さんの怪我が治るまでは許して欲しいと心の中で謝罪した。
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